COLUMN特集

2019.09.04 楽器産業 過去から未来へ ヤマハのものづくりDNAをつなぐ イノベーションロード


遠州鉄道の新浜松駅から電車に揺られて4分。高架線路のカーブに身を預けながら車窓から街並みを眺めていると、
八幡駅の手前で「YAMAHA」の大きなロゴが目に飛び込んできた



昨年7月、ヤマハ株式会社は創業以来の歴史やものづくりコンセプト、そして幅広い製品の数々を紹介する企業ミュージアム「イノベーションロード」を開館しました。
事前に予約すれば誰でも自由に見学できるとあって、浜松の新しい観光スポットとして人気が徐々に高まり、いまや県内外から来場者が大勢訪れます。そこで、1周年を迎えた話題の施設を訪ねてみました。



八幡駅を降りるとすぐ西側に、ヤマハの本社があります。
正門を抜けて新社屋へ向かう通路の先に見えたのは、ピアノの横断歩道。
ミ、レ、ド、シ、ラ、ソ、ファ……鍵盤を踏みながら渡っていくと、頭の中に自然とメロディが湧いてきました。
ここから、ヤマハの130年の道のりをたどる小さな旅が始まります。
 

副館長のシロクマ親子が
エントランスホールでお出迎え


新社屋のエントランスホールで迎えてくれたのは、大きなシロクマ親子。
昨年6月までJR浜松駅の東海道新幹線改札内コンコースで展示され人気を集めましたが、現在はイノベーションロードの“副館長”を務めています。



気持ち良さそうに横たわるシロクマの表情は、まるで、楽器を弾いて遊び疲れた後でうたた寝をしているかのよう。その姿が、ヤマハの企業理念やイノベーションロードのコンセプトにマッチしたため展示されたそうです。
 
シロクマの口元に置かれているのは、カラフルなスケルトンタイプのリコーダー。
小中学校時代に音楽の授業で親しまれてきたこの身近な楽器が、音楽との出会いやふれあいを象徴しています。
(シロクマステージの展示楽器は定期的に展示替えを行っています。)
 

楽器の過去・現在・未来を象徴する
『コンセプトステージ』


イノベーションロードでは、これまでにヤマハが手掛けた製品やサービスを12のエリア別に展示。音や映像を駆使して、音楽の魅力を体中で体感できる施設となっています。
 
まず、入り口の正面にあるのが、同施設のコンセプトを表現した『コンセプトステージ』。
感動を・ともに・創る」という企業理念のもと、ヤマハのものづくりの過去・現在・未来を象徴する楽器が展示されています。



上の写真は、近未来的なフォルムが印象的なコンセプトピアノ。プロジェクションマッピングにより、鍵盤を叩くとピアノの表面に幻想的な模様が描かれます。楽器技術と映像技術が融合し、新たな音楽の世界が無限大に広がっていくようで、この先の展示コーナーへの期待が一段と膨らみます。
 

楽器の進化を体感できる
『ものづくりウォーク』


『ものづくりウォーク』のコーナーでは、ヤマハの楽器づくりの進化の過程と、ものづくりへのこだわりが紹介されています。
開発された楽器の部品を実際に触ってみたり、音を出したりしながら、楽器の進化の度合いを体感していくうちに、ものづくりの世界へ自然に引き込まれます。



「楽器を分解したこのような展示は珍しいと思います」(前館長 奥村暢朗さん)

管楽器を分解してパネルにまとめ、楽器の構造をわかりやすく展示したコーナーも。楽器職人の技と勘でコンマ1ミリ単位まで緻密な加工が手作業でなされていることを知り、ヤマハのクラフトマンシップや楽器技術の進化の過程を肌で感じることができました。


音楽好きにはたまらない!
弾いて楽しむ『楽器展示エリア』


『楽器展示エリア』は、館内でも特に人気のコーナーのひとつ。ピアノやギター、管楽器など、総合楽器メーカーならではの圧倒的なラインナップで、実に多種多様な楽器が展示されています。



しかも、憧れのコンサートグランドピアノや、ベーゼルドルファー※の職人による世界限定25台特別モデルのピアノなどを実際に試奏できるとあって、音楽ファンにとっては垂涎ものの展示コーナーです。

※ベーゼルドルファー……オーストリアの伝統あるピアノ製造会社。現在はヤマハ傘下。



楽器展示エリアは、もちろん子どもたちにも大人気。キラキラと目を輝かせていろいろな楽器の試奏に夢中になる子どもたちの姿があちこちで見られました。新たな楽器との出会いをきっかけに、未来の音楽アーティストたちがたくさん生まれるかもしれません。



ギター展示コーナーは、アコースティック・エレキを含め全部で48本のギターを試奏できます。これだけのギターが一堂にそろい、しかも試奏ができる場所は全国的にみても他にはありません。
このコーナーを目当てに外国人も数多く訪れ、「ここに来ると何時間でもいられます」とギターを片手に話してくれました。


音のパノラマの臨場感に圧倒される
『スーパーサラウンドシアター』


展示を見て触れて楽しむだけでなく、音楽を体感して楽しむ仕掛けもさまざまに施されています。なかでも注目を浴びているのが、ヤマハが開発した立体音響技術「ViReal(バイリアル)」を体感できる108.6チャンネルのスーパーサラウンドシアター。



「チャンネル」とはスピーカーの構成のこと。チャンネル数が多いほどスピーカー数が多く、音の聞こえてくる方向が多いことを示します。たとえば、平均的な家庭用ホームシアターで採用されているのが5.1チャンネルですから、このスーパーサラウンドシアターがどれだけ大規模なのかがよくわかります。
 
220°に広がるワイドスクリーン映像を見ながら、上下左右の全方向から音のシャワーを浴びる体験は、普段の生活では決して味わうことはできません。
臨場感と立体感にあふれた音の世界に、ただただ圧倒されました。
 

ものづくりの進化と発展の軌跡を
マップでわかりやすく表現


オルガンから始まり、ピアノ、蓄音機、家具、スポーツ用品、電子楽器、管楽器……と、さまざまな領域へ事業分野を発展させてきたヤマハ株式会社。130年間にわたる長い歴史と幅広い製品領域を一挙に理解するのは、なかなか容易なことではありません。



そこで、同社のこれまでの挑戦やイノベーションの歴史を、技術や素材といったテーマ別に絵巻物風のロードマップにまとめたのが『イノベーションロードマップ』です。
 
年表のみの展示だと内容が表面的で見過ごされがちですが、このマップでは、1台のオルガンを原点に、その技術がさまざまな形で広がっていく過程が絵と文章でわかりやすく紹介されていて、じっくりと読み入る来場者の姿が見られました。
 

創業以来のものづくりの歴史をたどる
『ヒストリーウォーク』




その“ものづくりの歴史”をたどるコーナーが『ヒストリーウォーク』です。1890年代の創業当時のオルガンや、1904年頃に製造されたアップライトピアノ、1910年に製造された自働演奏ピアノなど、貴重な楽器の実物や資料写真が壁に沿って一堂に展示されています。



楽器以外にも、航空機の木製プロペラ、オートバイ、家具などを合わせると、展示アイテムは合計約200点。たとえば上の写真の中央に見える木製プロペラは、楽器における木工技術と合板技術が注目されて受注に至った製品で、1921年に製造が開始されました。このプロペラの開発で培った製造技術や工作機械が、後のオートバイ製造へとつながっていきます。



1970年から80年代にかけて一世を風靡したスピーカーやアンプなどのオーディオ機器もずらり。当時はヤマハ製のテニスラケットも人気でした。それぞれの製品が、当時の社会背景や時代の変遷を物語っています。
 

オリジナルの企画展も随時開催


本施設では、期間限定の企画展を随時開催していく予定です。
開館1周年を記念して開催されていたのは、創業者 山葉寅楠の特別展。本人直筆の書簡や日記、海外渡航時に使用された旅行カバンなど、普段目にすることのできない貴重な遺品が多数展示されています。
山葉寅楠氏の楽器づくりへの熱い想いが脈々と受け継がれ、ヤマハのものづくりを支えてきたことが展示を通してありありと伝わってきます。
 


プロ仕様の『音響展示エリア』と
世界をつなぐ『バーチャルステージ』




『音響展示エリア』では、音や音楽を創り出し、聴衆に届けるまでのすべてをカバーするさまざまな音響機器を展示しています。コンサートやレコーディングなど、アーティストの音楽活動を支える必需品として、目覚ましい進化を遂げてきた音響機器。ミキシングを体験できるコーナーもあり、ヤマハの「音」に対する多様性と総合力を体感できます。

また、『音響展示エリア』と隣接した『バーチャルステージ』では、アーティストのバーチャル映像と連動してピアノ・ベース・ドラムが自動演奏され、コンサート会場で生演奏を聴いているかのように臨場感あふれるライブ演奏を体感できます。
今後はこうしたバーチャルステージによって、世界中でライブを同時体感できるのが当たり前になっていくのかもしれません。


施設内を丁寧に案内してくれた前館長の奥村暢朗さん(右)と現館長の松本恵さん(左)


見て、弾いて、体感して、じっくり回れば丸1日楽しめそうなほど充実したイノベーションロード。同施設の企画・開設から携わった前館長の奥村暢朗さんと、現館長の松本恵さんに、開設の経緯や来場者の反応などについてお話を聞きました。

SOU:イノベーションロードの開設の経緯を教えてください

奥村:昨年5月に新社屋を開設するのをきっかけに、まずは社員向けにヤマハのものづくりのDNAを感じられる場所をつくりたいという要望が高まりました。その後、徐々に企画を進めていく段階で、社内だけでなく社外の皆さまにも当社の挑戦の歴史やものづくりへのこだわりをお伝えしたいと考えて「イノベーションロード」の開館を企画しました。

SOU:イノベーションロードを開館した目的は?

奥村:当社では、企業経営の軸となる考え方を体系化した「ヤマハフィロソフィー」のもと、常にお客さまの視点に立ち、期待を超える製品とサービスを生み出すことで、未来に向かって新たな感動と豊かな音楽文化を創り続けています。こうした企業姿勢をご理解いただいた上で、創業以来当社に受け継がれてきたものづくりのDNAや、楽器製造の歴史、そして当社が手掛けてきた製品を一堂にご紹介することで、もっと当社を好きになっていただき、1人でも多くのヤマハファンを増やしたいと考えてこの施設をオープンしました。

SOU:「楽器のまち、音楽のまち」をうたう浜松についてのお考えをお聞かせください

奥村:浜松市は当社の創業の地であり、浜松市が楽器のまち・音楽のまちとして発展してきたのと同時に、当社もものづくり企業としての発展を遂げてきました。今回イノベーションロードを開館したことで、地域の皆さまが大勢ご来場くださり、浜松市民の皆さまと当社との距離がますます縮まった気がします。また、浜松市外からも大勢の方々が訪れるようになり、まちの新たな観光スポットとして行政からも注目されるようになりました。今後は、浜松市や静岡県との連携を強化して、まちの活性化に貢献していく考えです。

SOU:来場者の反応はいかがですか?

松本:開館以来口コミで評判が広がり、来場者数は右肩上がりの状況です。現在、静岡県内と県外の来場者数の割合は半々で、県外では東京や神奈川県などの関東圏や、愛知県、岐阜県などの中部圏からの来場者が多いです。個人の来場者だけでなく音楽関係や学校関係の団体の来場者も増えてきました。来場された方々からは「感動した」「素晴らしい」「ヤマハが好きになった」という感想を数多く頂いています。海外の方からは「アメージング!」というお褒めの言葉を頂戴することが多いですね。

SOU:今後の抱負や理想とする展開イメージを教えてください

松本:今後は来場者数を増やすことよりも、来場された皆さま一人一人の満足度を高められる展示に力を入れていきたいと思っています。また、イノベーションロードの開設を機に、当社のこれまでの歴史や開発製品を改めて整理し、管理・保存するアーカイブ機能を強化しています。そして、当社のものづくりDNAを確かな形で未来に受け継いでいきたいと思います。