COLUMN特集

2018.09.05 楽器産業 楽器の街・浜松に生まれた管楽器のリペアスクール


ピアノ工場 (写真提供:ヤマハ株式会社)

 

世界に知られる楽器産業都市・浜松


日本初となる国産ピアノを手がけた山葉虎楠が創業したヤマハ(株)をはじめ、虎楠からピアノ作りを学んだ河合小市が設立した(株)河合楽器製作所、シンセサイザーやリズムマシーンなどの電子楽器で知られるローランド(株)、鍵盤ハーモニカやリコーダーといった教育分野に強い(株)鈴木楽器製作所など、世界有数の楽器メーカーが本社を置く浜松市。さらに、楽器関連企業は200社以上を数えます。

ヤマハと河合楽器製作所によって生産されたピアノは国内だけでなく、程なく世界にも輸出されるようになり、浜松の名はピアノ生産の街として広く知られることになります。さらに、時代の変化に合わせ、電子楽器やサイレント楽器、コンピューターミュージックなどをいち早く開発。また、管楽器の生産量は木管(フルートやサクソフォンなど)、金管(トランペット、トロンボーンなど)全体の8割以上を占める他、ギターやドラムといった数多くの楽器を手がける楽器生産の街として発展し続けています。


国際ピアノコンクール



1991年には世界を目指す若手ピアニストの育成を目的とした「浜松国際ピアノコンクール」がスタート。1995年には世界の楽器3,300点以上を収蔵する日本で唯一となる公立楽器博物館がオープン。さらに2014年にはユネスコ創造都市ネットワーク、音楽分野にアジアで初めて認定されるなど、楽器生産だけでなく、音楽が持つ多様な文化を発信する都市でもあります。

そんな浜松で管楽器修理を行っているのが、創業40周年を迎えた(株)久米。創業当初は楽器販売をメインにするも、徐々に修理を請け負うようになり、現在ではほぼ修理に特化。10名ほどのリペア(修理)職人を抱え、管楽器の塗装修理にも対応できる工房は、全国を見ても数社しかないユニークな存在です。2005年4月には、管楽器のリペア職人を養成する「WINDBACS リペアスクール」を開校し、リペア職人の教育にも力を注いでいます。


10名ほどのリペア職人が働く工房

 

浜松在住のリペア職人から学ぶ


WINDBACS リペアスクールは、1学年4〜5名ほどの少人数で、管楽器の修理を学ぶ2年制のスクール。他のリペア専門学校では講師を専業にしている人から学ぶことが一般的なのに対して、こちらでは、ヤマハ(株)などで楽器生産やリペアに長年携わっていた職人で、退職後、自らリペア工房を構え、今も仕事を続けている方を講師としているのが大きな特徴です。そのため、楽器の生産やリペアの現場に則した実践的なスキルを学べるという利点があります。地元に楽器産業があるからこそ実現する、ぜいたくな環境といえます。


お話をお聞きした、(株)久米 代表取締役社長であり、「WINDBACS リペアスクール」校長でもある久米明仁さん。


そんな評判を聞きつけ、卒業資格がない私設の教育機関にもかかわらず、北は北海道、南は九州など、全国からリペアの技術を学ぼうと生徒が集まります。「高校で吹奏楽部に入っていて、メンテナンスに来たリペア職人に憧れました。どうしたら職人になれるか分からず、地元の楽器販売店に相談したところ、浜松にあるWINDBACS リペアスクールを紹介されました」と、生徒の一人が入学のきっかけを教えてくれました。


取材時はホルンのメンテナンスのテスト。黙々と作業する生徒たち



「今の会長が開校を決めたとき、リペア職人はまだまだマイナーな仕事でした。専門的に教える教育機関も少なく、スキルも決して高いものではありませんでした」と話すのは、代表取締役社長であり、WINDBACS リペアスクールの校長でもある久米明仁さん。「今も変わりませんが、当時からリペア職人の数が足りず、修理をするのにお待たせしてしまうことも多かったので、人材の育成は急務でした。そんな時代の要請もあり、自社でリペアスクールを開くことを決めたと聞いています」


「志のあるリペア職人を育成することが、我々の使命です」と話す、リペアスクールの開校を決めた久米正会長。


リペアといっても、壊れたり、凹んだりした楽器を直すものから、音の響きをよりよくするといったものまでさまざま。特に後者は正解がないだけに、経験が必要となる難しい仕事だと久米社長は言います。鍵盤と違い、金管楽器は口で吹くため、同じ楽器でも吹く人が変われば、わずかではあるけれど音程や音の響きが違ってきます。音程はチューナーで合わせることができますが、音の響きの良しあしは個人の感覚によるところも大きく、これがリペアに正解はないという理由の1つです。

スクールの運営元である(株)久米には、全国の吹奏楽部から楽器が送られてきます。楽器演奏者に直接ヒアリングをすることができないため、どういう音にしたらいいのか、試行錯誤しながらリペアやメンテナンスをしています。「だから、リペアには想像力が必要なんです」と久米社長。「小学生なのか、高校生なのか。男性か、女性か。吹いている人をイメージしながら、どんな音にしたらよりよくなるのか考えながらリペアすることが大切です。ちょっと大げさですが、プロミュージシャンからこんな音にして欲しいと依頼される方がずっと楽ですね」。よりよい音を追求するために、久米さんたちは自らリペアの道具を開発。世界最大級の音楽ショー「NAMM Show 2017」に出品すると、世界各国のリペア職人から注目を集めました。「ないものは作る」。そんな熱い思いに、新しいものにチャレンジする浜松を象徴する「やらまいか精神」を感じることができます。


オリジナルで開発した管楽器の工具「DentX」。管楽器に管を入れペダルを踏むと先端のアタッチメントがふくらみ、凹みを直す。


WINDBACS リペアスクールで2年間みっちり学んだ後は、リペア職人として楽器販売店に就職する生徒が多いといいます。また、成型したり、音を調整したり、リペアと楽器の生産は共通点も多いため、浜松の大手楽器メーカーに就職し、楽器生産に携わる学生も。卒業後の受け入れ先が整っているのも、メーカーから関連企業まで、楽器産業の裾野が広い浜松ならではといえそうです。こうしてまた一人、楽器産業に関わる人材が輩出されていきます。


楽器を「作る」と「直す」が共存する街


ピアノ調律技能士は、2011年から国家資格として認定されるようになりました。管楽器のリペア職人の場合、ヤマハ管楽器テクニカルアカデミーといったメーカー独自の修理認定はあるものの、公的な資格はありません。無資格でもリペアできるため、スキルが不十分な人、商売や効率を最優先してしまう人、タダ同然で何でもしてしまう人など、さまざまな人がいることも、リペア業界が抱える課題の1つだと久米さんは考えます。
 
「ピアノ調律技能士が国家資格になったことでスキルが向上し、料金体系も明確化されました。何より、優秀な人材が育ち、演奏者の要望にしっかりと応えられるようになったのは大きいですね。それと同じように、管楽器を専門とするリペア職人の資格を認定する協会を作りたいと思っています。アメリカには資格制度があるので、日本でも実現したいです。僕たちと同じような思いを持ってリペアをする職人が増えてくれたらうれしいですね」と、久米社長は夢を語ります。


人の手で一つひとつ丁寧にリペアする。


作ること以上に、直すことはとても大変な作業と言われるリペアの世界。大手楽器メーカーだけでなく、管楽器をはじめ、ギターやホルン、ハーモニカ、和太鼓など、一般には名の知れない職人たちが、浜松で楽器生産とリペアに携わっています。100年以上にわたる浜松の楽器産業の礎を作った山葉寅楠も、始まりはオルガンの修理からでした。「作る」だけでなく、「直す」という2つの産業があるからこそ、浜松は真の楽器の街と言えるのかもしれません。