COLUMN特集

2026.07.30 楽器産業 誰でも演奏家になれる楽器をつくりたい
「マジックホイッスル」開発者が語る、2年間の挑戦

 

楽器を演奏するには、指使いや音楽理論を覚えなければならない——。
そんな常識を覆すような楽器が、2023年に浜松の楽器メーカー・株式会社鈴木楽器製作所から誕生しました。

 

その名は「マジックホイッスル」。舌の動きだけで音程を変えられるユニークな笛は、クラウドファンディングで反響を呼び、目標を大きく上回る支持を集めました。

 

開発期間は約2年。50種類以上の試作品を重ねながら完成した新しい楽器には、同社が培ってきたものづくりの技術と挑戦する企業文化が詰まっています。

 

今回は開発に携わった井上さん、谷さんに誕生までの舞台裏を聞きました。

 

 

「誰でも自由に音を出せる楽器」をつくりたい

 

開発者の井上得一さん(左)と谷真央さん(右)。井上さんが製品設計を担当し、谷さんが量産化するための金型設計やパッケージデザインなどを担当した

 

 

SOU:マジックホイッスルの開発は、どのように始まりましたか。

 

井上さん:もともと開発部内で、「もっと感覚的に演奏できる楽器をつくれないか」という話をしていました。楽器は楽しい反面、演奏するには指使いや音楽理論などを学ぶ必要があります。一方で歌は、誰でも自由に楽しめます。そんな歌のような感覚で演奏できる楽器があったら面白いのではないかと考えたのが始まりでした。

 

既存のホイッスルや犬笛の仕組みも参考にしながら、「手を使わずに音が出せる」「感覚的にコントロールできる」楽器を目指して開発を進めました。

 

SOU:会社からの指示ではなく、開発部のアイデアだったのですね。

 

井上さん:そうです。以前から温めていたアイデアでした。弊社には「面白そうだからまず形にしてみよう」という風土があります。売れるかどうかわからなくても、世の中にないものに挑戦することを後押ししてくれる環境があるんです。

 

 

試作品は50種類以上。3Dプリンターが開発を加速

 

内部に舌を差し込み、口にくわえて演奏する。舌を前後に動かすことで、ホイッスル内部と口腔内の容積が変わり、音程を操ることができる

 

SOU:どのように現在の形へたどり着いたのでしょうか。

 

井上さん:開発初期は3Dプリンターを使いながら、とにかくたくさんの形状を試しました。どうすれば自然に音程をコントロールできるのか。吹きやすさはどうか。そうした点を検証するため、50種類以上の試作品を製作しました。当時は「舌を入れる構造」と「舌を入れない構造」の2案があり、社内でも意見が分かれていました。

 

SOU:最終的に現在の構造を選んだ理由は?

 

井上さん:楽器としての表現力です。舌を使わない構造はシンプルですが、音程変化の幅が小さくなります。一方で舌を使う構造は演奏の自由度が高く、楽器としての面白さがありました。しかし、実際に吹き続けると唾液がたまりやすいという課題もありました。そこでリング形状を追加して持って吹くことで、演奏性と使いやすさを両立できるよう改良を重ねました。

 

SOU:試作で難しかった点はどこですか?

 

井上さん:「誰にでも吹ける」構造にすることです。舌や口のサイズには個人差があります。おおよその形状が定まったところで、体型や年齢の違う複数人に吹いてもらいました。一人ひとりに意見をもらい、細かな調整を繰り返しました。

 

 

試作から量産へ。楽器メーカーの技術力を結集

 

量産品は二つのパーツを分けて作り、組み立て完成させている。入社して間もない当時の谷さんにとって、大きな経験になった

 

SOU:製品化にあたって苦労した点は何でしょうか。

 

谷さん:3Dプリンターで作る試作品と、量産品では製造方法がまったく異なります。試作品では問題なくても、金型を使った大量生産では成形しにくい場合があります。組み立てやすさや強度、安全性なども考慮しながら、量産設計へ落とし込んでいく作業は難しかったですね。特にマジックホイッスルは口にくわえて使う製品です。子どもが使用することも想定し、強度試験を繰り返しながら安全性を確認しました。

 

SOU:実際の音色は?

 

谷さん:リコーダーの音色に近いです。実際に演奏すると、皆さんが想像している以上に伸びやかな音が出ます。おもちゃのように見えるかもしれませんが、楽器として遜色ない製品に仕上げています。

 

 

クラウドファンディングで予想以上の反響

 

全国の取扱楽器店にて販売中。3色展開で1個1,650円。黄色と赤は限定カラー

 

SOU:完成した時の手応えはいかがでしたか。

 

井上さん:正直なところ、期待と不安が半々でした。社内でも「まずはやってみよう」という感覚で、どれだけ受け入れられるかは販売してみないとわからなかったんです。そこで2023年11月にクラウドファンディングを実施しました。

 

SOU:結果はいかがでしたか。

 

井上さん:想像以上でした。SNSで話題になったこともあり、多くの方に支援いただきました。結果として1,400人以上の方に商品を届けることができました。イベントなどでも実際に体験していただくと、最初は音が出せなくても徐々に上達する方が多いんです。吹奏楽経験者が苦戦する一方で、まったくの初心者がすぐ演奏できることもあります。理屈より感覚で楽しめる楽器になったのではないかと思います。

 

 

新しい楽器づくりは、浜松の未来づくり

 

メロディオンやハーモニカなど数多くの楽器を生み出してきた株式会社鈴木楽器製作所。マジックホイッスルは、その歴史の中から生まれた新たな挑戦の一つです。開発部が温めてきたアイデアを形にする企業文化、3Dプリンターを活用した試作開発、そして量産化を支える設計技術。マジックホイッスルの誕生には、浜松の楽器産業が長年培ってきたものづくりの力が息づいています。

 

「世の中にないものをつくる」。

 

その挑戦は、新しい楽器だけでなく、浜松のものづくりの未来にもつながっています。