COLUMN特集
2025.03.24 楽器産業 地域特有の「音色」を再現 次世代職人へリレーする匠の技
日本の祭りに欠かせない和太鼓。その音が遠くから聞こえるだけで心が躍るのは、何世代にもわたり受け継がれてきたからでしょう。しかし、和太鼓職人の数は年々減少しています。そんな中、日本各地から修理や製作の依頼を受ける和太鼓専門店が、中央区西浅田にある「安藤太鼓店」です。今回は同店で、材料作りから革の張り替え修理まで、和太鼓作りの現場を取材しました。
数年をかけて材料を作り置き、急な修繕にも対応。
大切なのは地域の音を守ること。
創業明治27年、設立130年を超える安藤太鼓店。お話を伺ったのは、代表の安藤恒司さんの息子の安藤龍さんです。
SOU:まず、取り扱っている太鼓の種類と、どのような方からの依頼が多いか教えてください。
安藤さん:和太鼓は地域によって大きさが異なるため、サイズごとに分類すると何百種類にもなります。形の違いで分類すると、主に長胴(ながどう)太鼓、平釣(ひらつり)太鼓、団扇(うちわ)太鼓など、約30種類を取り扱っています。長胴太鼓は、木材をくり抜いて革を張り、鋲(びょう)で留めたもので最もポピュラーな和太鼓です。平釣太鼓は、浜松まつりでも使われる、手に持って歩きながら叩く太鼓。団扇太鼓は、お寺で使う法具の一種で、一般の方にはあまり馴染みがないかもしれません。
左)さまざまな種類の和太鼓が並ぶ店内。提灯の下に並ぶのが長胴太鼓 右)革を取り除いた胴の中の様子。多くの場合、製作年月日が書かれている
依頼はプロの演奏者から学校のクラブ活動、神社仏閣など全国各地からいただいています。近年はホームページを通じた遠方からの依頼も増えていますが、地元浜松からの依頼にも支えられています。
修理やメンテナンスの依頼も多く、例えば革の破れやゆるみ、胴の割れやツヤ出しなどを行います。太鼓の胴は適切に修理すれば長く使える楽器です。中には200年以上前の太鼓に出合うこともありますよ。
SOU:それは驚きですね。一つの太鼓が、世代を超えて長く使われていることがわかります。安藤太鼓店も長い歴史を持っていますが、現代の技術を取り入れることはありますか。
安藤さん:いいえ、初代である曽祖父の時代から製作方法はほとんど変えていません。むしろ、全て手作業で作り、繊細な生皮を扱えることが当店の特長です。
例えば、お囃子で使われる「締め太鼓」という紐(ひも)で締めるタイプの太鼓は、叩く面となる革を先に縫って円盤状にし、それを紐で胴に締め上げて作ります。この革は牛一頭分単位の生皮を仕入れ、厚みや張りを自分たちの目と手で確認しながら裁断し、天日でしっかり乾燥させます。こうすることでシワが寄りにくく、より丈夫で張りの良い仕上がりになります。
また、手縫いにこだわるのも、一針ずつ手で縫うことでより丈夫で長く使える太鼓になるからです。現在では、手間がかからず扱いやすい乾皮(かんぴ)やミシンを使うところも増えていますが、私たちは初代から受け継いだ伝統の製法を大切に守り続けています。
上)手縫いで仕上げた締め太鼓。均等な針目が美しい
SOU: すべて手作業で行うからこその良さが伝わってきますね。その分、技術を習得するのが難しそうですが、現在は何人の職人がいらっしゃるのでしょうか。実際に作業場を見せていただけますか(作業場に移動)。
安藤さん:現在、職人は父と私を含めて4人です。今は、職人頭とその息子が、預かっている長胴太鼓の革の張り替え作業をしています。革の張り替えは、修理の中で最も多い作業です。
これは、太鼓のサイズに合う革を選び、胴にかけた状態です。革の端には竹筒を巻きつけてあり、それぞれに紐を掛けて、土台に固定します。紐には「捩り管(もじりくだ)」という竹筒が挟んであり、これを回すと紐がねじれて革が張る仕組みになっています。
次に、革端の竹筒を木槌で叩きながら、革を下方向に引き伸ばします。一周叩いたら、ジャッキで胴を持ち上げて、下からも力を加えることで、さらに革を張っていきます。見てください、さっきよりも革がしっかり張ってきたのがわかりますよね?
さらに、革の上に乗って動きながら、かかとで革を伸ばしていきます。革の厚みにはムラがあるので、足裏で厚みと張り具合を確かめながら、どのくらい力をかけるべきか判断しています。この作業を繰り返し行い、少しずつ最適な状態に仕上げていきます。
革を強く張るほど高い音になり、逆に低めの音にしたい場合も、まずはしっかり張り上げてしまい、徐々に緩めて調整します。ただし、張りすぎると革が破れてしまうため、慎重な見極めが必要です。最終工程では、鋲を打ち、革の端をカットした後、胴に塗料を塗って仕上げます。こうして、一つの太鼓の修理が完了するのです。
張り替え作業自体は約1時間で終わりますが、使用する材料を準備するのに最長で10年ほどかかることもあります。先ほどの締め太鼓の説明で生皮の裁断や乾燥についてお話ししましたが、革だけでなく胴の準備にも時間がかかります。太鼓の胴は、木の内側をくり抜きしっかり乾燥させた後、外側を鉋で削って丸みをつけ、塗装をして仕上げます。そのため、注文を受けて一から材料を準備するのでは間に合わないので、あらかじめサイズや用途に合わせた胴や革を用意しておく必要があります。そうしないと、「すぐに修理してほしい」というお客さんの要望に応えられないからです。
ちなみに僕たちは胴を作る際に、「粗胴(あらどう)」という、ざっくりと太鼓の形にしてある木材を仕入れます。加工前の木材を見ると、もともとはとても太い木の幹だったことがよくわかります。木の育つ時間まで考えると、太鼓作りはとても長い年月をかけて行われているのだと実感しますね。
左)裁断した生皮を日光で乾かしている様子。さまざまな大きさの材料を準備する 右)完全に乾燥させた革。より良い和太鼓を作るため、自分たちで材料を作る手間を惜しまない
SOU:迅速な修理の裏には、材料を長い年月をかけて準備する職人の努力と、自然の壮大なサイクルがあるのですね。また、革の張り具合で太鼓の音も変わるとのことですが、職人の皆さんが考える「良い音」の条件とは何でしょうか。さらに、安藤さんご自身が職人を目指したきっかけについてもお聞かせください。
安藤さん:「良い音」と一言で言っても、決まった正解はありません。私たちの仕事は、地域ごとに受け継がれてきた音を再現することです。例えば、高めの音が好まれる地域もあれば、深みのある低音が求められる地域もあります。そのため、事前にお客さんのご要望をしっかり確認して、理想の音に仕上げるように努めています。仕事の技術自体は数年で覚えられますが、「音の再現」に対するこだわりに終わりはありません。職人歴が長くても、一つひとつの音に真剣に向き合い続ける必要があります。テキパキと作業しているように見えても、職人頭ですら毎回細かく音をチェックしながら作業しているんですよ。その姿を見ながら、他の職人も学び続けています。
職人になるきっかけですが、私は「太鼓屋の息子」として見られることに抵抗がなかったのが大きいですね。中学生の頃には、自然と「将来は太鼓職人になるんだろうな」と思っていました。不安も特になく、それが当たり前のことのように感じていましたね。珍しい職業なことも、気持ちを後押ししたと思います。
左)革を張り終え、鋲打ちまでされた太鼓。修理前と同じ場所に鋲を打てない。等間隔に打つのも技術 右)革を留める鋲と金槌
SOU:ありがとうございます。職人としての心構えや、太鼓作りへの思いが伝わってきました。最後に、今後の展望についてお聞かせください。
安藤さん:コロナ禍では注文が激減し、職人の出勤日を減らさざるを得ないほど厳しい時期が続きました。しかし、昨年ごろから一気に注文が増え、修理依頼の太鼓で作業場がいっぱいになり、「間に合うだろうか」と不安を感じるほどでした。でも、それだけ祭りが復活しつつあるのだと実感し、うれしく思っています。これからも国内の依頼を大切にしながら、海外からの需要の広がりにも期待しています。実は、当店では太鼓作りの体験教室を開いているのですが、その噂を聞いて外国から訪れる方も増えてきました。和太鼓の魅力が世界へ広がっていくことを願っています。
地域の個性豊かな和太鼓の音と技術を受け継ぎ、守り続ける安藤太鼓店の職人たち。取材を通じて、ベテラン職人とともに若い世代の職人たちが真剣に仕事に向き合う姿を目の当たりにし、自然と安心感が湧いてきました。これからも、日本の伝統楽器の魅力を未来へとつなげていってほしいと願っています。
左から職人頭の中安友重さん、安藤龍さん、中安房之助さん