COLUMN特集
2023.06.01 楽器産業 ギタリストの足元の“アレ”、エフェクターの世界を覗いてみよう!
2022年3月の調査によると、コロナ禍で楽器を始めた人に何の楽器を始めたのかを質問したところ、半数以上が「ギター(52.2%)」と回答し、もっとも多かったそうです(※)。
多くの人を魅了するギターの中でも、エレキギターは変幻自在に音色を変えられるのが魅力です。そんな演出の決め手となるのが、ギタリストの足元にある小さな“アレ”こと「エフェクター」だと知ったら、みなさんは驚くかもしれません。
そこで今回は、「エフェクター」の魅力に迫りながら、音という目に見えないモノづくりの醍醐味を探りましょう。
世界的な電子楽器メーカーのローランド株式会社を訪ね、エフェクターの「BOSS(ボス)」ブランドを束ねるBOSS事業本部長の脇山光弘(わきやま・みつひろ、以下:脇山)さんにお話を伺いました。
※一般財団法人ヤマハ音楽振興会調べ
SOU:まず、エフェクターについて教えていただけますか?
脇山:エフェクターは、電子楽器とアンプの間につないで、音色を電気的に変化させる装置です。プレイヤーが足元でペダルのように踏んでオン/オフを切り替え、音響効果を得ます。
エフェクターを接続することで、エレキギターの音色や表現力の幅が飛躍的に広がります。一瞬でその場の世界観も変化させることができるので、とてもおもしろい楽器です。
SOU:楽曲にあった音を表現するために、エフェクターは欠かせないものなのですね。音質別にどれくらいの種類がありますか?
脇山:音への効果別で大まかに分けると次の3カテゴリで、それぞれに無数のジャンル・製品が展開されています。
※上記リンクの遷移先で、該当するジャンルの音が聞けます。
歪み系で有名なのは、「オーバードライブ」と呼ばれるジャンルです。エレキギターの音(エフェクターへの入力信号)をめいっぱい増幅させることで、荒々しい音に変化させます。
BOSSがリリースした機種名がジャンル名として一般的に使われるようになった例も多数。「オーバードライブ」という言葉も、1977年に「BOSS OD-1 OverDrive」が発売されて以来、一般的に使われるようになりました。
空間系のエフェクターとは、かんたんに言えばもとの音に響きを加えるものです。コンサートホールに響くような効果であったり、お風呂の中で音の反響が残るような効果であったり。空間的な広がりを演出してくれますね。
モジュレーション系のエフェクターには、音が揺れることで奥行きや立体感を出したり、広がりを持たせたりするエフェクターや、位相の変化を使ってうねりを加えるエフェクターなどがあります。
多種多様な機種を自由に組み合わせることで、各々のプレイヤーは楽曲に合わせた音を作ります。 引用:BOSS – BCB-1000 | Pedal Board
SOU:ギター1本でもこんなに多彩な表現ができるのですね。BOSSのアイコンともいえるコンパクトペダルのシリーズだけで、どれくらいの製品数があるのでしょうか?
脇山:1970年代にBOSSブランドを世に出してから、140以上の製品が登場しました。後継機にバトンタッチできた製品もありながら、中には途中で作れなくなってしまった製品もあり、現在販売している製品は約60機種になります。
SOU:これだけ多くのラインナップがあるということは、BOSSブランドはつねに“新たな音”を提案してきたということですね。
脇山:弊社として新作をリリースする頻度は決まっていませんが、毎年2、3個はコンパクトペダルの新製品を提案しています。ただ、必ずしもすべての製品がヒットするわけではありません。
狙い通りにプレイヤーの皆さんに受け入れられた機種もあれば、たとえば、機能が充実していてもサイズが大きすぎてプレイヤーのニーズから外れてしまった機種もあります。ちなみにその機種は後に、コンパクトサイズにリバイバルして、世の中に受け入れられる製品になりました。
SOU:時代に受け入れられたり、革新的すぎたりと世の中の反応はさまざまなのですね。エンジニアの皆さんは、“新たな音”をどのように研究開発しているのでしょうか?
脇山:これまでのトレンドの延長線上にバージョンアップした音を提案することもありますし、「こんな音どうでしょう?」とまったく新しい概念を提案することもあります。
たとえば、「Loop Station(ループ・ステーション)」シリーズは、自身で演奏したフレーズを録音し繰り返し再生する「ルーパー」というジャンルを確立したものです。
「Loop Station」シリーズは、累計100万台以上を売り上げ、新たな音楽シーンを創りあげました。無数のギターが激しく重なる演奏から、天使の歌声を思わせる美しいハーモニーまで、多重録音によりパフォーマンスの幅を広げる逸品。
脇山:ローランドのDNAには、“障壁を突破する挑戦者であること”が刻み込まれています。我々はプレイヤーの方々に刺激とイマジネーションを与えられる製品を作り続けたい、と。「挑戦」は、我々がBOSSの音づくりにおいて大切にしていることの1つ目です。
一方で、挑戦の渦中にあっても私たちが大切にしていることが「伝統」です。脈々と受け継がれているトラディショナルな音を残すことも、私たちが大切にしていることのもう1つですね。
SOU:伝統的な音は変えずに守っていくということですか?
脇山:ええ、評価されているものを簡単に変えてしまったら、ファンとの信頼関係を損ねてしまうからです。たとえば、BOSSのコンパクトペダルの中でもっとも長寿な製品は、こちらの「DS-1」になります。1978年にリリースして以来45年間、同じ音を守り続けてきました。
引用:BOSS – DS-1 | Distortion
「『DS-1』といえばこの音だ」というイメージを持っているファンは多いもの。時代とともに入手が難しくなってしまう素材や部品もありますが、その時々に手に入るもので同じ音をつくる努力をしています。
もし「新しい音の提案をしたい」「トレンドが変わったので現代の音を追求したい」といったことがあれば、そのときは別の製品で実現していきますよ。
SOU:音のトレンドが変化してきて、現代版にアレンジした製品もありますか?
脇山: WAZA CRAFT(ワザクラフト)シリーズとして、BOSS史上の名機を最新技術で再構成した製品群があります。たとえば「DS-1W」は、「我々が『DS-1』を現代的にアレンジすると、こんな音になります」と提案したユニークな製品です。基本の音色はかねてからと同じですが、スイッチを切り替えると現代風にモディファイされた(改良を加えた)「DS-1」の音を楽しんでいただけます。
引用:BOSS – DS-1W | Distortion
伝統を守り継ぐことは、ファンとの信頼関係を守ること。ビジネスとしての安定性も、そうした伝統的な音の上に成り立つものです。ファンとの関係性があればこそ、よい製品が作れるという考え方が根本にありますね。
SOU:ファンの想いを大切にしている姿勢がよく伝わります。2021年には、ファンと共創した製品もありましたね。
脇山:それは、WAZA CRAFTシリーズの「HM‐2W」のことですね。伝説のデスメタル・サウンドと名高い「HM‐2」というモデルを、ファンとともに蘇らせました。
廃版となっていた「HM‐2」の音には根強いファンも多く、中古品にはかなりのプレミアムがついていたのです。より良いコンディションの中古品を買おうと思うと、あまりにも高額になってしまう……それは、我々の本意ではありませんでした。
ファンの皆さんと直接議論ができるよう、SNS上にコミュニティを立ち上げると、なんと3,700名近くが参加してくださいました。
引用:BOSS HM-2W Facebookグループより
「HM-2」の復活を宣言したところ、たくさんのご意見をいただきました。我々からも開発の進捗をお知らせするなどして、SNSを通じファンの皆さんと議論を重ねていき……そしてついに「HM-2W」が再リリースできたのは、弊社にとってもうれしい取り組みでしたね。
SOU:それは市場のニーズをよく捉えた取り組みですね。マーケットインの視点はモノづくりにおいて重要です。一方で、“新しい音” はそれが革新的であるほど、世の中に受け入れられるのが難しい一面もあるはずです。その場合において貴社では、どのようにプロモーションを行なっているのでしょうか?
脇山:使い方が確立されていない新しい製品ほど、「皆さんなら、どんな使い方ができますか?」と市場に投げかけるのがスタートになります。新たな音は、思ってもみない広がり方をしますので。楽器ではなくボーカル(声)の分野で使われるなど、ひょんなことから火が付くこともよくあります。
実は「ループ・ステーション」もリリースした当初は、「一体どんな使い方ができるだろうか?」という議論が社内にありました。いざリリースしてみたら、ヒューマン・ビート・ボックス(※)のパフォーマーに受け入れられたのです。そうして音楽業界での認知度が一気に高まり、徐々にギタリストの間でも使用されるようになりました。
世の中に受け入れてもらうまではある程度、諦めずに提案しつづけることが大切ですね。
※ヒューマン・ビート・ボックス|ドラムやパーカッションなどのリズムを、口や喉、鼻といった人の身体だけで演奏・表現する技術
SOU:どのような考えを大切にすれば、BOSSブランドのように伝統を守りながら革新しつづけられるでしょうか?
脇山:やはり、ファンの皆さんとの関係性に尽きると思います。我々はプレイヤー皆さんの創作活動をサポートする立場です。皆さんの声をよく聴き、後世に遺したい音があれば、競合のメーカーともコラボレーションをいといません。
こちらは、Sola Sound(ソラサウンド)というブランドが1960年代にリリースした伝説的なファズ・ペダル「Tone Bender MKⅡ(トーン・ベンダー・マークツー)」というエフェクターをBOSSが再現した「TB-2W Tone Bender」です。
Tone Benderは「ファズ」という効果を得られる歪み系のエフェクターであり、多くの伝説的なギタリストたちを魅了してきた名機です。ただし、温度に影響されやすいゲルマニウム・トランジスタという重要部品が使われているので、演奏時の環境によって音が変わってしまうのが、愛嬌でもあり難点でもありました。
“Tone Benderらしいサウンドとフィーリングを、どんな環境下でも再現できるエフェクターを作りたいーー。そのような想いから、当時、BOSSのトップを務めていた池上嘉宏がロンドンのSola Sound本社に掛け合い、マスターピースと呼ばれる理想的なサウンドと挙動を持つ特別な個体を「音の見本に」とお借りしました。
TB-2Wを生産するために、長らく使われていなかった在庫の中から材料を探し出し、それをゲルマニウム・トランジスタに仕立て上げました。また、ゲルマニウム・トランジスタならではの不安定な挙動を安定的に動作させるなど、製品化の道のりは困難をともないましたが、ついに、BOSSブランドとしてTone Benderを再現。その名を冠した「TB-2W Tone Bender」をリリースできました。
SOU:ときには会社の枠を超えても、ファンの想いを形にしている姿勢に驚きました。ちなみに、同じ音が実現できているかどうかは、どのように判断しているのですか?
脇山:電気信号のデータといった数値的なものと、人の感覚の両方で判断しています。測定上は同じ音の波形になっても、聞いてみると「元の音とちょっと違う」ということがよくあるからです。
たとえば弦をはじいたときのリアクション、1秒後2秒後の音の広がり方……そうしたことは、波形や数値には現れません。
我々のエンジニアは、50年近い歴史の中でBOSSの音を引き継いできました。部品の組み合わせを何度も変えて、従来の製品と同じレスポンスを得られるまでチューニングしています。やはり最後は、人の感覚で判断する部分が大きいと思います。
SOU:音という商品は、ファンやエンジニアなど人の心の中に受け継がれていきますね。それでは最後に、脇山さんが考えるエフェクターの魅力について教えていただけますか?
脇山:エフェクターの魅力は、多様性に富んだ製品であることだと思います。さまざまな機種があるだけでなく、たとえば、複数のエフェクターのつなぎ方によっても音が変わります。さらにさまざまなメーカーの製品を組み合わせれば、実に多彩な音の表現を楽しんでいただけます。
もちろんBOSS製品を使っていただけるのは、この上ない喜びです。しかしながら、いろんな製品を使って自分自身のサウンドを作っていけるのが、エフェクターという多様性に富んだ製品の本当の魅力ではないでしょうか。
他社メーカーの皆さんも、文化をともに創っていくという点で仲間だと考えています。我々はこれからも「こんな表現ができたらおもしろい」というアイデアを手軽に試していただける、多様性に富んだ製品を生み出していけたらと思います。
電子ピアノからシンセサイザー、DJ機器まで、さまざまなデジタル・サウンドを展開しているグローバル総合電子楽器メーカー。1972年の創業以来、最先端の技術力で新たな音楽シーンを開拓してきた。エフェクターの「BOSS(ボス)」シリーズは、世界中のファンを魅了してやまない日本発祥のブランド。
参考:BOSS Channel[Japan] – YouTube
多くの人を魅了するギターの中でも、エレキギターは変幻自在に音色を変えられるのが魅力です。そんな演出の決め手となるのが、ギタリストの足元にある小さな“アレ”こと「エフェクター」だと知ったら、みなさんは驚くかもしれません。
そこで今回は、「エフェクター」の魅力に迫りながら、音という目に見えないモノづくりの醍醐味を探りましょう。
世界的な電子楽器メーカーのローランド株式会社を訪ね、エフェクターの「BOSS(ボス)」ブランドを束ねるBOSS事業本部長の脇山光弘(わきやま・みつひろ、以下:脇山)さんにお話を伺いました。
※一般財団法人ヤマハ音楽振興会調べ
・ギター1本の可能性を無限に広げてくれるエフェクター
SOU:まず、エフェクターについて教えていただけますか?
脇山:エフェクターは、電子楽器とアンプの間につないで、音色を電気的に変化させる装置です。プレイヤーが足元でペダルのように踏んでオン/オフを切り替え、音響効果を得ます。
エフェクターを接続することで、エレキギターの音色や表現力の幅が飛躍的に広がります。一瞬でその場の世界観も変化させることができるので、とてもおもしろい楽器です。
SOU:楽曲にあった音を表現するために、エフェクターは欠かせないものなのですね。音質別にどれくらいの種類がありますか?
脇山:音への効果別で大まかに分けると次の3カテゴリで、それぞれに無数のジャンル・製品が展開されています。
- 「歪み(ひずみ)系」:エレキギターからの入力信号を増幅し、音を歪ませる(例:ディストーション、オーバードライブなど)
- 「空間系」:もとの音に残響や奥行き、広がりを加える(例:ディレイ、リバーブなど)
- 「モジュレーション系」:音に“周期的な”揺らぎやうねりの効果を与える(例:コーラス、フェイザーなど)
※上記リンクの遷移先で、該当するジャンルの音が聞けます。
歪み系で有名なのは、「オーバードライブ」と呼ばれるジャンルです。エレキギターの音(エフェクターへの入力信号)をめいっぱい増幅させることで、荒々しい音に変化させます。
BOSSがリリースした機種名がジャンル名として一般的に使われるようになった例も多数。「オーバードライブ」という言葉も、1977年に「BOSS OD-1 OverDrive」が発売されて以来、一般的に使われるようになりました。
空間系のエフェクターとは、かんたんに言えばもとの音に響きを加えるものです。コンサートホールに響くような効果であったり、お風呂の中で音の反響が残るような効果であったり。空間的な広がりを演出してくれますね。
モジュレーション系のエフェクターには、音が揺れることで奥行きや立体感を出したり、広がりを持たせたりするエフェクターや、位相の変化を使ってうねりを加えるエフェクターなどがあります。
多種多様な機種を自由に組み合わせることで、各々のプレイヤーは楽曲に合わせた音を作ります。 引用:BOSS – BCB-1000 | Pedal Board
SOU:ギター1本でもこんなに多彩な表現ができるのですね。BOSSのアイコンともいえるコンパクトペダルのシリーズだけで、どれくらいの製品数があるのでしょうか?
脇山:1970年代にBOSSブランドを世に出してから、140以上の製品が登場しました。後継機にバトンタッチできた製品もありながら、中には途中で作れなくなってしまった製品もあり、現在販売している製品は約60機種になります。
・「音」という目に見えないモノづくりにおいてBOSSブランドが守っている2つのこと
SOU:これだけ多くのラインナップがあるということは、BOSSブランドはつねに“新たな音”を提案してきたということですね。
脇山:弊社として新作をリリースする頻度は決まっていませんが、毎年2、3個はコンパクトペダルの新製品を提案しています。ただ、必ずしもすべての製品がヒットするわけではありません。
狙い通りにプレイヤーの皆さんに受け入れられた機種もあれば、たとえば、機能が充実していてもサイズが大きすぎてプレイヤーのニーズから外れてしまった機種もあります。ちなみにその機種は後に、コンパクトサイズにリバイバルして、世の中に受け入れられる製品になりました。
SOU:時代に受け入れられたり、革新的すぎたりと世の中の反応はさまざまなのですね。エンジニアの皆さんは、“新たな音”をどのように研究開発しているのでしょうか?
脇山:これまでのトレンドの延長線上にバージョンアップした音を提案することもありますし、「こんな音どうでしょう?」とまったく新しい概念を提案することもあります。
たとえば、「Loop Station(ループ・ステーション)」シリーズは、自身で演奏したフレーズを録音し繰り返し再生する「ルーパー」というジャンルを確立したものです。
「Loop Station」シリーズは、累計100万台以上を売り上げ、新たな音楽シーンを創りあげました。無数のギターが激しく重なる演奏から、天使の歌声を思わせる美しいハーモニーまで、多重録音によりパフォーマンスの幅を広げる逸品。
脇山:ローランドのDNAには、“障壁を突破する挑戦者であること”が刻み込まれています。我々はプレイヤーの方々に刺激とイマジネーションを与えられる製品を作り続けたい、と。「挑戦」は、我々がBOSSの音づくりにおいて大切にしていることの1つ目です。
一方で、挑戦の渦中にあっても私たちが大切にしていることが「伝統」です。脈々と受け継がれているトラディショナルな音を残すことも、私たちが大切にしていることのもう1つですね。
SOU:伝統的な音は変えずに守っていくということですか?
脇山:ええ、評価されているものを簡単に変えてしまったら、ファンとの信頼関係を損ねてしまうからです。たとえば、BOSSのコンパクトペダルの中でもっとも長寿な製品は、こちらの「DS-1」になります。1978年にリリースして以来45年間、同じ音を守り続けてきました。
引用:BOSS – DS-1 | Distortion
「『DS-1』といえばこの音だ」というイメージを持っているファンは多いもの。時代とともに入手が難しくなってしまう素材や部品もありますが、その時々に手に入るもので同じ音をつくる努力をしています。
もし「新しい音の提案をしたい」「トレンドが変わったので現代の音を追求したい」といったことがあれば、そのときは別の製品で実現していきますよ。
SOU:音のトレンドが変化してきて、現代版にアレンジした製品もありますか?
脇山: WAZA CRAFT(ワザクラフト)シリーズとして、BOSS史上の名機を最新技術で再構成した製品群があります。たとえば「DS-1W」は、「我々が『DS-1』を現代的にアレンジすると、こんな音になります」と提案したユニークな製品です。基本の音色はかねてからと同じですが、スイッチを切り替えると現代風にモディファイされた(改良を加えた)「DS-1」の音を楽しんでいただけます。
引用:BOSS – DS-1W | Distortion
伝統を守り継ぐことは、ファンとの信頼関係を守ること。ビジネスとしての安定性も、そうした伝統的な音の上に成り立つものです。ファンとの関係性があればこそ、よい製品が作れるという考え方が根本にありますね。
SOU:ファンの想いを大切にしている姿勢がよく伝わります。2021年には、ファンと共創した製品もありましたね。
脇山:それは、WAZA CRAFTシリーズの「HM‐2W」のことですね。伝説のデスメタル・サウンドと名高い「HM‐2」というモデルを、ファンとともに蘇らせました。
廃版となっていた「HM‐2」の音には根強いファンも多く、中古品にはかなりのプレミアムがついていたのです。より良いコンディションの中古品を買おうと思うと、あまりにも高額になってしまう……それは、我々の本意ではありませんでした。
ファンの皆さんと直接議論ができるよう、SNS上にコミュニティを立ち上げると、なんと3,700名近くが参加してくださいました。
引用:BOSS HM-2W Facebookグループより
「HM-2」の復活を宣言したところ、たくさんのご意見をいただきました。我々からも開発の進捗をお知らせするなどして、SNSを通じファンの皆さんと議論を重ねていき……そしてついに「HM-2W」が再リリースできたのは、弊社にとってもうれしい取り組みでしたね。
SOU:それは市場のニーズをよく捉えた取り組みですね。マーケットインの視点はモノづくりにおいて重要です。一方で、“新しい音” はそれが革新的であるほど、世の中に受け入れられるのが難しい一面もあるはずです。その場合において貴社では、どのようにプロモーションを行なっているのでしょうか?
脇山:使い方が確立されていない新しい製品ほど、「皆さんなら、どんな使い方ができますか?」と市場に投げかけるのがスタートになります。新たな音は、思ってもみない広がり方をしますので。楽器ではなくボーカル(声)の分野で使われるなど、ひょんなことから火が付くこともよくあります。
実は「ループ・ステーション」もリリースした当初は、「一体どんな使い方ができるだろうか?」という議論が社内にありました。いざリリースしてみたら、ヒューマン・ビート・ボックス(※)のパフォーマーに受け入れられたのです。そうして音楽業界での認知度が一気に高まり、徐々にギタリストの間でも使用されるようになりました。
世の中に受け入れてもらうまではある程度、諦めずに提案しつづけることが大切ですね。
※ヒューマン・ビート・ボックス|ドラムやパーカッションなどのリズムを、口や喉、鼻といった人の身体だけで演奏・表現する技術
音楽文化の可能性を広げるため、業界の枠をも超える
SOU:どのような考えを大切にすれば、BOSSブランドのように伝統を守りながら革新しつづけられるでしょうか?
脇山:やはり、ファンの皆さんとの関係性に尽きると思います。我々はプレイヤー皆さんの創作活動をサポートする立場です。皆さんの声をよく聴き、後世に遺したい音があれば、競合のメーカーともコラボレーションをいといません。
こちらは、Sola Sound(ソラサウンド)というブランドが1960年代にリリースした伝説的なファズ・ペダル「Tone Bender MKⅡ(トーン・ベンダー・マークツー)」というエフェクターをBOSSが再現した「TB-2W Tone Bender」です。
Tone Benderは「ファズ」という効果を得られる歪み系のエフェクターであり、多くの伝説的なギタリストたちを魅了してきた名機です。ただし、温度に影響されやすいゲルマニウム・トランジスタという重要部品が使われているので、演奏時の環境によって音が変わってしまうのが、愛嬌でもあり難点でもありました。
“Tone Benderらしいサウンドとフィーリングを、どんな環境下でも再現できるエフェクターを作りたいーー。そのような想いから、当時、BOSSのトップを務めていた池上嘉宏がロンドンのSola Sound本社に掛け合い、マスターピースと呼ばれる理想的なサウンドと挙動を持つ特別な個体を「音の見本に」とお借りしました。
TB-2Wを生産するために、長らく使われていなかった在庫の中から材料を探し出し、それをゲルマニウム・トランジスタに仕立て上げました。また、ゲルマニウム・トランジスタならではの不安定な挙動を安定的に動作させるなど、製品化の道のりは困難をともないましたが、ついに、BOSSブランドとしてTone Benderを再現。その名を冠した「TB-2W Tone Bender」をリリースできました。
SOU:ときには会社の枠を超えても、ファンの想いを形にしている姿勢に驚きました。ちなみに、同じ音が実現できているかどうかは、どのように判断しているのですか?
脇山:電気信号のデータといった数値的なものと、人の感覚の両方で判断しています。測定上は同じ音の波形になっても、聞いてみると「元の音とちょっと違う」ということがよくあるからです。
たとえば弦をはじいたときのリアクション、1秒後2秒後の音の広がり方……そうしたことは、波形や数値には現れません。
我々のエンジニアは、50年近い歴史の中でBOSSの音を引き継いできました。部品の組み合わせを何度も変えて、従来の製品と同じレスポンスを得られるまでチューニングしています。やはり最後は、人の感覚で判断する部分が大きいと思います。
SOU:音という商品は、ファンやエンジニアなど人の心の中に受け継がれていきますね。それでは最後に、脇山さんが考えるエフェクターの魅力について教えていただけますか?
脇山:エフェクターの魅力は、多様性に富んだ製品であることだと思います。さまざまな機種があるだけでなく、たとえば、複数のエフェクターのつなぎ方によっても音が変わります。さらにさまざまなメーカーの製品を組み合わせれば、実に多彩な音の表現を楽しんでいただけます。
もちろんBOSS製品を使っていただけるのは、この上ない喜びです。しかしながら、いろんな製品を使って自分自身のサウンドを作っていけるのが、エフェクターという多様性に富んだ製品の本当の魅力ではないでしょうか。
他社メーカーの皆さんも、文化をともに創っていくという点で仲間だと考えています。我々はこれからも「こんな表現ができたらおもしろい」というアイデアを手軽に試していただける、多様性に富んだ製品を生み出していけたらと思います。
・ローランド株式会社|
電子ピアノからシンセサイザー、DJ機器まで、さまざまなデジタル・サウンドを展開しているグローバル総合電子楽器メーカー。1972年の創業以来、最先端の技術力で新たな音楽シーンを開拓してきた。エフェクターの「BOSS(ボス)」シリーズは、世界中のファンを魅了してやまない日本発祥のブランド。参考:BOSS Channel[Japan] – YouTube