COLUMN特集

2020.12.09 繊維産業 地元デザイナーたちが探る、「浜松注染そめ」の新しい魅力



東京や大阪と並び、全国有数のゆかたの産地である浜松には、「浜松注染そめ」という伝統的な染色技法があります。浜松で注染そめが始まった明治20年代は、手ぬぐいを染める技法でしたが、大正時代頃からゆかた染めとしても使われるように。多色づかい、独特のぼかし(グラデーション)といった職人技が、今に受け継がれています。
 

昭和30年代には100社近くあった染工場ですが、海外産のゆかたや、効率的な染色技法の影響もあり、現在は6社ほどに減少。さらに最近では、新型コロナウイルスの影響によって、浜松まつりや花火大会、イベントなどが中止され、ゆかたや手ぬぐいの受注が激減し、かつてない苦境に直面しています。また、染工場は取引先からの発注依頼によって染めるのが主な仕事。新たに消費者と直接取引をしようと思っても、さまざまな課題があります。
 

そんな厳しい状況にある「浜松注染そめ」をどうにかしたいと、地元のクリエイターが立ち上がりました。デザインの力で注染の他分野への展開や、新たなマーケットの可能性のリサーチ、注染を題材に新たなモノやコトが生まれることが期待されています。今回は、浜松市とともにプロジェクトを進める「DORP(ドープ)」の3人に話を伺いました。


DORP(グラフィックデザイナーの宮下ヨシヲ(写真左)、同代表でウェブデザイナーの鈴木力哉(同中)、コピーライターの大杉晃弘(同右))


SOU:まず、DORPはどのようなことをされているのですか?


鈴木:DORPは「デザイナー・オープン・リソース・プロジェクト」の略称で、地元のデザイナーをつなぎ、活躍できる環境整備に取り組んでいます。2013年に発足し、デザインカンファレンスの開催、クリエイターへのインタビューなどをまとめたフリーペーパーの発行、地元で活躍するデザイナーたちの作例をまとめた『浜松デザインパートナーズ』を制作しました。地方都市においては、デザインやアイデアの価値が低く、まだまだ単価も安いのが現状です。そんな状況を変えていきたい、デザインの価値や役割をもっと高めていきたいという思いが活動の原点です。



▲地元のクリエイターを紹介するフリーペーパー『.SOURCE』。表紙のイラストには浜松在住のイラストレーターを起用
 


SOU:活動を通じて生まれたエピソードがあれば教えてください。


宮下:プロダクトデザイナーの松田優くんを取材し、フリーペーパーとウェブで紹介したことがきっかけで、地元の木工メーカーから問い合わせがあり、「bokuno(ボクノ)」という家具が生まれました。アートディレクションとウェブ制作にはDORPの鈴木力哉くんが担当し、広告写真はパートナーズにも掲載されているカメラマンさんが担当するなど、地元のクリエイターで仕事が生まれた良い事例だと思います。


SOU:そういう案件って珍しいんですね。デザイナーさん同士って、もっとつながりがあると思っていました。
 

鈴木:やはり個人のネットワークには限界がありますから。DORPが発足した2013年当時は、FacebookやInstagramなどのSNSがやっと広がりはじめた時期で、今ほどつながりは広くなかったですし、新しい人との出会いも限定的だったと思います。
 

宮下:『浜松デザインパートナーズ2020』では掲載者を公募したこともあり、74名のクリエイターが集まりました。DORPの3人でも知らない方も多く、浜松には多様なクリエイターの人材がいることを改めて認識できました。


▲『浜松デザインパートナーズ2020』。浜松を中心に活躍するデザイン関係者74名の仕事を掲載


大杉:ひと口にデザイナーといっても、グラフィックが得意な人もいれば、イラストが得意な人もいる。いつも同じ人にお願いしていたけれど、クリエイターの選択肢が増えることで、この仕事はあの人が得意だから頼みたい、そんな依頼の仕方が生まれるといいですよね。あなただから頼みたいと言われたらモチベーションも上がりますし(笑)
 

鈴木:やみくもに仕事を受発注するのではなく、仕事の狙いや、デザイナーの得意分野を考慮した仕事の依頼が普通になれば、業界内での共存も可能ですから。


 

クリエイティブの力で
注染をもっとオープンに

 
 
SOU:そんなDORPが、どのような考えで注染のプロジェクトをすることになったのでしょうか?


大杉:2点あって、1つは、デザインの力で厳しい状況にある浜松注染そめの魅力を再発掘し、もう一度価値付けしたいと思ったから。もう1つは、広告代理店や制作会社ではなく、個人が集まって行うプロジェクトという仕事の進め方にも興味があったので、今回のプロジェクトを受けることにしました。
 

宮下:あと、浜松での事例を増やしたいという思いもあります。浜松のクリエイターたちによって、注染をこんなふうに魅力的に見せることができるんだよと、外に発信できるいいチャンスだと思いました。


▲紺屋の作業を見学(二橋染工場)


SOU:今回のプロジェクトには、DORPの他に9名のクリエイターが参加していますが、どのようにして集まったのですか?
 

鈴木:『浜松デザインパートナーズ』に掲載している方たちへプロジェクトの概要を伝え、工場見学から参加しませんかという、わりとふわっとしたメールを送りました(笑)。それでも、デザイナーをはじめ、カメラマン、映像作家、建築家など、さまざまな職種の方が集まってくれました。参加理由は人それぞれですが、自分の職能を生かして、地元の産業に何かしら貢献したいという思いは共通しています。


▲注染ならではの良さ、課題感、これからしてみないことなど、じっくりお話しを聞く(武藤染工)


SOU:工場見学と、1回目のミーティングを終え、浜松注染そめについてどのようなことを感じましたか?
 
大杉:10年ほど前、東京や大阪で斜陽産業だった活版印刷が注目を集めた状況に似ているなと感じました。活版職人からするとNGな、凹みや印刷のかすれを若いデザイナーたちが面白がり、新しい魅力や価値として再発見したんです。一枚一枚の仕上がりに印刷のムラがあるけれど、温かみや味わいがあると、今では表現の一手法としてすっかり定着しています。浜松注染そめは技術力もあるし、工場が持つ場の雰囲気もいい。注染にも新しい面白がり方ができるポテンシャルを感じました。


▲染められた生地が干され、風に揺れる様子に見とれる一同(和田染工)


宮下:よく注染ならではの本物感というフレーズを耳にしますが、注染だろうが、捺染だろうが、布用インクジェットだろうと、全部本物なんですね。ただ、技術が違うだけ。大切なのは、デザイナーと注染職人がどれだけ面白がれ、その面白さに乗っかれるかが大事。きれいに染めるという職人ならではのこだわりも必要だと思いますが、従来とは違うことが求められる今、例えば、にじみが面白いとなれば、職人も誇りを持って、一緒に遊べるかが重要だと思います。それができたのが活版印刷であり、リソグラフ印刷なんです。
 

SOU:確かに格安のプリントゆかただって、悪いばかりではありません。何かと対比するよりも、今あるものの見方を変えたり、切り口を変えたりすることで注染の魅力を伝えられたらいいですよね。
 

宮下:職人が染めるからこそ生まれる、コントロールしきれない表現が注染そめの魅力だと感じています。布用インクジェットプリンターだと、コンピューターが管理するからデザインを100%表現できる。注染の場合、仮に90%しか再現できないとしたら、残りの10%の不確定さが面白さにつながる。デザイナーが意図しなかった仕上がりになったとしても、それを楽しめる余裕や遊び心をデザイナーも、職人も求められていると思います。
 

鈴木:それって音楽みたいですよね。コンピューターの均一な打ち込みにはない、人が演奏するライブ感やアドリブ、ゆらぎが、人の感性に響くのと似ているというか。
 

大杉:関西のある活版印刷所が、それまで閉ざしていた印刷所を解放したら、若いデザイナーや活版に興味のある人たちが集まるようになって、もっとこんな風に印刷したいとか、職人とは違う視点でアイデアが出てくる。そうこうするうち、古い活版印刷機を買って自分で印刷する人まで現れる。僕もその1人なんですけど(笑)。10年前の関西の活版印刷のイベントって、印刷所の2代目が中心になって開催していたんですが、今はデザイナーたちがするようになって、一般の方もたくさん来場している。ここに注染にとってもヒントがあるように思います。


▲出てきたアイデアを書き出し、さらに具体的なプロジェクトへと昇華させていく

鈴木:デザイナーやクリエイターの役割って、価値観をアップデートすることだと思いますし、今回のプロジェクトで僕らに求められているのもそこだと感じています。企画を固め、徐々に形にできたらと考えています。プロジェクトの過程や参加者の思いは「note(ノート)」で公開していくので、多くの方に見てもらえたらうれしいですね。

note:https://note.com/dorp_jp



●参加クリエイターの声
質問① 参加したきっかけを教えてください。
質問② 現段階で何をしたいと思っていますか?
 
藤本紗由美さん(futa)アートディレクター / グラフィックデザイナー
①自分が携わってきたグラフィックデザイン、ブランディングのスキルを生かし、地場産業を助け、盛り上げられたらと思い参加しました。注染を含め、住んでいる地域をより魅力的にすることで、地元を誇りに思ってもらったり、他県や外国人の方々からも注目されたりするようになったらいいなと考えています。
 
②生地や色、柄などの見本帖を作ったり、発注の工程を可視化するなど、染色の知識がない方でも気軽に発注できるように情報を整理整頓する。他にも、今の時代にあった寝間着ゆかたを考案したり、スピーカーのサランネットに染めてオリジナルスピーカーを作るなど、今まで試さなかったことをやってみるのも面白いかもしれませんね。
 

大塚敬太さん(sesame)フォトグラファー
①私はクライアントからの依頼を受けて写真を撮影することを生業としていますが、撮影することだけでなく、ビジュアルイメージ全般に関するよろず相談屋のようなフォトグラファーだと考えています。シャッターを切るのは、本当に最後の最後の段階で、そこに至るまでに出せる様々な提案を自分のセールスポイントだと考えています。
 
注染プロジェクトはまだ何をするかも決まっていないという状態からのスタートになるというお話だったので、いちフォトグラファーがプロジェクトの上流から関われるということに魅力を感じました。自分の培ってきた経験を活かして浜松にどのような貢献できるか、やりがいを感じています。また、この春に浜松に戻ってきたばかりなので、地元のクリエイターたちと協働できることも楽しみです。
 
②現在の注染染めの技術は、成熟の域にあるのかなと工場を見学して感じました。将来、職人人口が減って、その高度な職人技術が失われた時に、注染が(現在のフィルムカメラやカセットテープなどのように)リバイバルすることがあったとしても、「きれいさ」よりも、ちょっと下手でも「手仕事感」がありがたがられる未来を想像しました。ただ現在はまだ、アナログ感をありがたがられるような時期ではないとも思います。そういった視点から、今後いろいろと提案できたらと考えています。
 

金子敦史(金子敦史建築計画工房)建築家
①遠州織物と建築空間の関連性に興味があり参加しました。ノコギリ屋根の工場や、防火倉庫の石蔵など、地域特有の建築に縁がある遠州織物およびその産業で、遠州織物の素材感と建築空間の新たな融合を期待しています。築120年の古民家リノベーションを計画中で、本件と結びつけて考えられたら良いなと思っています。

②古民家のリノベーションでは、襖や屏風を作ろうと思っています。日本の名作住宅「前川國男自邸」の屋内ドアは、框(かまち)の中に掛川の葛布(くずふ)を張っています。布を使うことで、大きなドアでも軽く、空気を通す特徴も合わせて、簡単に開け閉めできるメリットがあります。住宅建具は両面がオモテになるので、裏表なくきれいに染められる注染そめはぴったりだと考えています。