COLUMN特集

2020.06.19 繊維産業 ひとりアパレルブランドと機屋さんの良い関係

遠州地域は綿や麻などの天然繊維で世界に知られる織物の産地。しかし現在では生産拠点が海外に移り、国内の産地はどこも厳しい状況下にあります。ここ遠州産地においても、技術者の高齢化や跡継ぎの不足などにより産地としての生産機能の維持が難しくなっているのが現状。また、家族経営の中小事業者が多く、新たな就業に対しては雇用者・被用者ともにハードルが高くなってしまっています。

 そのような遠州産地において、個人でアパレルブランドを運営する女性、増田美由記さんが浜名湖近くの織物工場「髙田織布工場」で新しい形で働いています。織物業界は、紡績・撚糸(ねんし)・糸染め・織布準備・織布・生地染め・縫製・産元などの工程や役割からなる分業制の世界。分業制の工場からはエンドユーザーは非常に遠い存在になってしまっています。そんな中で、エンドユーザー向けの最終製品をつくるクリエイターが、工程の垣根を越えて、その素材の製造現場に入ること自体が非常に珍しい例といえます。閉鎖的でこわばった面もある昔ながらの織物業界に、しなやかな柔軟性をもたらしています。

繊維業界では機織り業者を「機屋(はたや)」と呼ぶ。写真左が増田美由記さん
右が社長の髙田素宏さん。髙田織布工場の工場内にて



SOU:増田さんは普段どういった活動をされているのですか?
 
増田さん:teatrino(テアトリーノ)というアパレルの個人ブランドを立ち上げて、遠州織物や天竜産鹿革など地元の素材を使ったバッグやファッション雑貨の企画販売をしています。
 もともとは婦人服のアパレル会社で販売とマネジメントの仕事を17年近くしていて、静岡から名古屋まで東海地域の担当マネージャーをしていました。出産後に販売員として復職したのですが、以前関わっていた「企画して何かをつくる」という仕事の面白さが忘れられなくて、退職して2018年に個人事業主としてteatrinoを始めました。


厚手のしっかりした帆布を用いたteatrinoのハンドメイドバッグ
 

SOU:その増田さんがなぜ髙田織布工場で働くことになったのですか?
 
増田さん:バッグを作るにあたり地厚な生地を探していたところ、遠州織物組合で髙田織布さんのこと聞いて、実際に工場を訪問したのが事の始まりです。teatrinoを立ち上げた当初は、遠州織物自体知りませんでした。
 最初は生地を数メートル買わせていただくだけの関係だったのですが、生地を見て、触って、生地作りの奥深さを知るうちに「ああ、やっぱりいいな」と。職人さんの想いが入っている生地というところがすごく良くて。

 teatrinoの商品を作るにしても、素材となる生地をどこで、どんな人が、どうやって作っているのかを深く知りたい。それをお客さまに伝えることで商品の付加価値が高まると思いました。そしたらちょうど新入社員の若い方が産休に入ると耳にしたので、「だったら私、働けますよ」「え、ホントに?」「本気ですけど」みたいな感じで(笑)。私がこんな感じで軽く言ったので、髙田さんも半信半疑だっと思います。本当にコイツやれるのかって。 
 
SOU:どのようなかたちで働いているのですか?
 
増田さん:「検反(けんたん)」といって、織り上がった生地をチェックする作業を基本的にはしています。閑散期でなければ週に2回、9時から14時までの5時間くらい。
 私以外にも自分の仕事をほかに持ちながら、専従勤務ではなくフリースタイルのアルバイトのようなかたちで時間給で働いている人が2人います。全員女性です。ラインでグループを作っていまして、カレンダーアプリで勤務状況を共有し、仕事できる日を互いに調整し合っています。ピンポイントでこの日だけとか、その方が雇う側のニーズにも合っているのかなと思います。
 確かに融通が利く自由な感じではありますけど、自分の都合だけを優先させるのではなく、忙しい時期はなるべく仕事に入るなど配慮するようにしています。

検反作業をする増田さん。生地の裏から光を当てて傷や汚れをチェックする


SOU:実際に働いてみていかがですか?
 
増田さん:ほぼ家族経営でやってらっしゃいますし、私も今日は子供連れ(笑)。自由でオープンな雰囲気ですが、それは髙田さんの人柄によるものだと思います。
私は工業高校の繊維の学科の出身で、校内には工場棟があったし、実際の現場の様子にも割と驚いた りしなかったですね。


古い工場内に厚く積もった綿埃。それは長年にわたりこの仕事を続けてきた証


SOU:増田さんたちが入ったことによって、どのような変化がありましたか?
 
増田さん:どうでしょうね。個人的には〝勝手に髙田さんの応援隊〟みたいな感じでやりたいなと思っています。
 以前、髙田さんから余った生地を譲っていただき、それを自分のイベントで販売してできたお金があったので、そのお金で会社のタグをつけたスタッフジャンパーをつくってクリスマスのサプライズプレゼントにしました。ただそこで働いている(雇用の)関係というよりも、みんなで一丸となって楽しく働けたらいいと考えています。
 テアトリーノのバッグと髙田さんを絡めた動画を作って私のインスタに載せたりもしています。ただ私がしたくてしているだけです。こういう仕事をこういう人たちがやっているよ、と発信したくてやっています。

増田さんがサプライズでプレゼントした髙田織布工場ロゴ入りスタッフジャンパー


髙田さん:まず職場の雰囲気が明るくなったね。楽しい感じになった。それに、いろんな面で参考になるね。僕らは職人というか、作り手側の視点で仕事をするから、消費者の「好き」が分からないところがあるというかね。
 けれど、増田さんたちは売り手側や、買い手側の視点を持っているから。「凝った生地」と「売れる生地」は違うじゃないですか。必ずしも一致するわけじゃない。僕らがいい物だと思っていくら作っても、それが売れる物とは限らないんだよね。
 
増田さん:生地を織ったときの端っこの部分は「捨て耳」といって、普段はゴミとして捨てられています。でも何かに使えないかなと思って、ひもとして再利用したり、リース作りに使ったりしています。仲のいいお花屋さんに見せたら「それ全部欲しい」と言われて、エコでお洒落なラッピングに使っていただきました。

「捨て耳」と呼ばれる、ひも状の生地端。通常はゴミとして廃棄される

「捨て耳」を活用したリース。ある花屋(花作家)がワークショップで披露して好評を得た


SOU:髙田織布工場や遠州産地の魅力を教えてください。
 
増田さん:髙田さんの風貌からしてまず魅力的。自分が作った生地を身に着けたり、使っていたりするところが素敵だなと思います。上着とかカバンとかが、ご自分の生地だったりする。賃織り(通常の請負仕事)だけじゃなく、自分自身が好きな生地も織る(自販)。そんなところがいいなと思います。
 大口よりも小口の、例えば作家さんからの注文にも対応してくれやすい。それにたくさん出回らない分、レア感があるというか。
 
髙田さん:厚手の生地は、重い、手間と時間がかかる、織機に負担がかかる。シャツ地のような薄手の生地に比べて、生産効率がとても悪い。みんな(同業者)が嫌がるようなのをやってる(笑)


髙田織布工場では様々な布を織り上げるが、なかでも麻の仕事が多い

増田さん:以前は繊維業界に対しては、もんぺや浴衣といった、古びた和のイメージを持っていました。入ってみると実際は、伝統的なスタイルの会社もある一方、新しい商品の開発に挑戦して自分から発信していこうと意欲のある機屋さんが多いと感じます。それぞれが特徴のある生地を織っていることに驚き、刺激を受けました。
 他県の産地だとその地域の代表的な生地があって、それを皆が作っているのが普通ですが、遠州織物って皆それぞれなんですよね。枠にとらわれないというか。何でも織るから、遠くから見ると特色が分かりにくいけれど、よくよく見ると各会社で特化した生地を作っている。全体としてどんな注文にも対応できる、懐の広い産地なのだと思います。入ったことで遠州織物のことがより好きになりました。
 
SOU:今後、遠州産地がどうなっていくといいと思いますか?
 
増田さん:髙田さんの応援をしていたら、それが結果として遠州織物の応援にもつながっている、そんな感じですけどね(笑)。まず地元の人たちに遠州織物のバリエーションの多さをもっと知ってもらいたいです。発信力を上げて、特色ある機屋さんの存在に注目してほしい。
 
 広めるって難しいんですよね。産地としては何でもできちゃうから、具体的に何ができるのか逆に見えにくくなっちゃう。個々によって持っている力が違うので表現するのが難しいんですけど、やっぱり機屋さんそれぞれの技術をもっとアピールできたらすごくいいんじゃないかな。だから私はその中でも「こういう厚手のキャンバス地がありますよ」というのを専門で出したいなって思ってます。
 「何でも」って言って出しても「遠州織物っていろいろなんだね」で終わっちゃう。だから私の場合は帆布バッグで「ここでこうやって作ってるんですよ」というのをやることで「テアトリーノは遠州織物の中でも厚物生地なんだね」と印象づけられる。そういうふうにアピールしている作家さんも実際にいるし、いろんな方が自分が作っているものでそれぞれの特性をアピールすることが大事なのかな。そうして機屋さんの認知度と、遠州織物のブランド力が相乗効果で上がっていけばいいと思います。

のこぎり屋根の織物工場。ビームと呼ばれる大きな糸巻きが積んである