COLUMN特集

2019.01.17 繊維産業 デザイナーが注目する遠州織物  ーANSNAM 中野靖さんー


日本三大綿織物の産地に数えられる遠州地方。特に綿織物が盛んで、高い技術を持つ織布事業者(機屋)それぞれの個性が際立つ生地には独特の存在感があり、日本をはじめ、海外のメゾンブランド(※1)で使われるほどの品質を誇ります。今回は、カジュアルウェアのオーダーメイドの先駆け的ブランドである「ANSNAM(アンスナム)」の中野靖さんを訪ね、「デザイナーから見た遠州織物の魅力」についてお話を伺いました。

※1 メゾンブランド
メゾンはフランス語で家を意味する。転じて、ファッション業界ではオートクチュールやデザイナーの名が付いた老舗ブランドやショップなどを意味する。





SOU:最初に、ANSNAMと中野さんのことを教えてください。

ANSNAMは2006年に立ち上げたブランドで、オーダーメイドでジャケットやパンツ、シャツなどを製作しています。糸や生地などの素材選び、パターンの製作、縫製など、日本をはじめ、世界のスペシャリストとチームになって一着ずつ仕立てています。

SOU:スーツのオーダーメイドはよく聞きますが、カジュアルウェアのオーダーメイドは珍しいですね。その思いに至った経緯を知りたいです。

もともとテーラーを目指し、服飾系の専門学校に進学しました。しかし、イギリスのサヴィルローを訪れたり、勉強していくにつれ、いつしか、テーラーの技術力と、ファッションのデザイン性や世界観を融合できないかと考えるようになり、それを表現出来るデザイナーになる道を選びました。



SOU:その勉強のために世界を旅したと聞きました。

専門学校の先生の反対を押し切って、就職しないまま卒業しました。1年半ほどアルバイトでお金を貯め、今も世界に残るハンドメイドや民族衣装を見るために1年半ほど世界を巡りました。メキシコやグアテマラではインディアンの手織機(ておりばた)を見て、ヨーロッパでは中世ヨーロッパの精密なハンドメイドのドレスを実際に触ってきました。その後、トルコやパキスタンを経て、東南アジアへ移動。30カ国を旅しました。



SOU:帰国後はどうされたのですか?

独立を考えていたので、ブランド運営の全てを学ぶべく、当時はとても小さなアトリエ系ブランドに入社しました。生産管理の仕事でしたが、何でもやりましたね。すぐそばでデザイナーやパタンナーの仕事を見ることができ、多くのことを学ぶことができました。3年ほど勤めて独立。当初、ANSNAMのファーストコレクションは少なく、スーツの上下とシャツ、さらにモッズコートの4つ。バイヤー向けの展示会をしたり、サンプルを詰めたトランクを持って東京より西のセレクトショップへ営業したりしました。受注生産を繰り返す内に、雑誌などで紹介され、徐々にオーダーメイドの仕事が増え、今に至ります。




 

服作りの感性を刺激する遠州織物


SOU:中野さんが服を作る上で大切にしていることは何ですか?

シンプルなスタイルが多いので、生地の風合いは特に大切にしています。ANSNAMの魅力の9割は生地と言ってもいいくらいです。生地を触ることでインスパイアされ、服のデザインが生まれることもあります。だから生地は、見て、触って、何か生まれそうと感じられるものだけを使っています。

SOU:海外も訪問し、数々の織物の産地を訪れ、生地にこだわる中野さんの目から見て、遠州の生地はどのように映りますか。

他の生地と比べ独特で、個性的ですね。例えば、遠州で生まれた生地は、「シワ」一つとっても安っぽくなく、絵になります。綿だからシワが出やすいのは当然なんですが、他の産地と比べて、シワの出方が明らかに違い、服ができあがったとき、さらに、着込んでいったときに服に深みが生まれるんです。綿を使う場合は、遠州の生地を信頼していますね。



SOU:シワにすら品があるというのは、どういった理由なのでしょうか?

僕の感覚になりますが、生地が生地で終わらず、職人さんたちが洋服になることまで考えて織っているのも理由の一つだと思います。遠州の生地には職人の人柄を感じさせる個性があるけれど、織りの技術をことさらに主張しすぎることがなく使いやすいですね。ゴールが生地ではなく、服になったときの姿を意識しているから、完成度が違うのかもしれませんね。

SOU:遠州産地はデザイナーにとっても高いレベルの産地ですか?

確かに遠州は、僕の求めるレベルに応えられる数少ない産地の一つです。絶えず新しい、魅力的な生地を求めているデザイナーにとって、遠州の機屋さんはフレキシブルに対応してくれるのもうれしいですね。こちらの要望に対して、高いレベルで応えようとするチャレンジ精神があるというか。

SOU:中野さんは遠州の生地を使い、どのような服を作っているのですか?



主に少し厚手で肉感のあるものを使い、メンズのアウターやシャツを中心に作っています。例えば、レトロな感じで、ぷっくりとした質感を生かしたコール天のジャケット。海外のメゾンブランドにも使われている高級感あふれる綿ギャバを、あえてカジュアルなワイドパンツにしたこともあります。手縫いで仕上げることで、縫い目の寄りや表情に変化を付けています。他にも、パリッとしたハリ感がある高密度のタイプライター生地を使い、オーバーサイズのシャツブルゾンを作りました。和紙のような立体感あるシワも絵になり、ナチュラルでありながら上品さを感じられます。



この生地はぱっと見、チャコール色に見えますが、実際は黒とカーキの2つの糸を使い、さらに起毛をかけています。 黒っぽいけれど黒ではないし、何か気になるなというのを大事にしている。生地自体に伸縮性がないので、動きやすいよう腕周りを調整します。着込むと起毛感が崩れ、ぼけてきて、味わいあるコートに育っていきます。

SOU:こうやって紹介してもらうことで、ハンガーに掛かった生地見本では感じきれなかった生地本来が持つ力強さや魅力を、服にすることで何倍にも増して引き出しているように感じました。




 

技術と感性が出会うことで生まれる、新しい生地


SOU:デザイナーのみなさんは、中野さんのような視点で服作りをされているのですか?

どうなんでしょうか。ただ、コスト優先で作っている会社もある訳で、販売価格が5万円なら、生地にかけられるコストはこれだけと決まります。極論を言えば、産地で選ぶと言うより、かっこいい服をいかにコストを抑えて作るかに多くのブランドが頭を悩ませています。



SOU:産地のブランド力だけでは選ばれないとなると、遠州産地はこれからどのようにしていけばいいのでしょか?

産地だけを強調していくのは、これからの時代的に限界があると思います。デザイナーにとって、特定の産地だけにこだわるというのはほとんどない訳ですから。それよりもむしろ、デザイナーの感性にあう生地を作れるかが重要になってきます。せっかく展示会に参加しても、毎回同じような生地を並べているようでは、非常にもったいないですね。機屋さん自身のブランディングやセルフプロデュース力がますます求められると思います。

SOU:中野さんはオリジナル生地も手がけられていますよね。

はい。その前にちょっと説明すると、僕は手がける服一着一着ごとに職人を変えています。生地やデザイン、色といったさまざまな要素にあわせて、一番適した職人を世界中から選んでいます。きれいめな生地ならこの職人、力強い生地ならこの職人。トラディショナルなスーツならイギリスっぽく、華やかさを感じさせるイタリアっぽいスーツなのかで職人は変わってきます。ある意味それは「生地を生かす」ということでもあります。反対に、「あえて外す」ということをすることがあります。

SOU:あえて外すとは?

例えば、しっかりとしたハリやコシがあり、上質感ある高密度に織られた生地を、あえてナポリのおばちゃんに手縫いしてもらうことで、意外性のある服に仕上がります。生地を作るときも同じで、以前、浜松で主に綿や麻を織っている職人さんに、無理を言ってウールやトナカイの糸を渡したことがあります。そもそもの前提として機屋さんに織る技術力があるからできることですが、職人さんが試行錯誤して織ってくれた生地は、ふっくらと優しく、質感と風合いに優れたものでした。



SOU:技術力があるからこそ実現したと聞くとうれしいですね。でも、それは機屋さんだけでは実現しなかった生地かもしれませんね。今後は生地作りに新しい発想がより求められていくんでしょうか?

デザイナーの役割とは、ゼロから何かを生み出したり、何かと何かを足して新しい価値観を創りあげたりすることだと考えています。先ほど、遠州の機屋さんはチャレンジ精神があり、技術力もあるという話をしましたが、その一方で自分たちの限界値も知っているので、いい意味で、できないものは、できないとはっきり言ってくれる。だからスムーズだし、相談がしやすく、ビジネスのパートナーとしても魅力的です。技術力のある機屋さんとデザイナーが一緒にコラボレーションすることで、機屋だけでは作れなかった生地が作れると考えます。今も遠州産地で企画を進めていますが、これからどのような生地が生まれるか楽しみでなりません。

SOU:遠州織物の可能性が広がっていくようで、オリジナル生地作りはとてもワクワクします。お忙しい中、本日は、ありがとうございました!