COLUMN特集
2026.03.30 繊維産業 繊維産地の未来を一緒に考える、3泊4日の産地インターンシップ「遠州のトビラ」
浜松市を中心とする遠州地域は、江戸時代から続く織物産地として知られ、現在も国内外の有名ブランドに採用される高品質な「遠州織物」を生み出しています。一方で、産地では人材不足や職人の高齢化が進み、技術や想いを次世代へつなぐことが大きな課題となっています。
こうした背景から、遠州産地のものづくりの魅力を体感し、新たな担い手と出会う場として、3泊4日のインターンシッププログラム「遠州のトビラ」が2024年度にスタートしました。織物づくりの現場に入り、確かな技術力や品質へのこだわり、そして職人一人ひとりの想いに直接触れることで、遠州産地の価値を深く知ることができるプログラムです。
対象は、遠州の繊維事業者への就職・転職を考えている方、移住を視野に入れている方、ものづくりに関心はあるものの生かす場に出会えていなかった方です。毎回、15名程度を募集しています。この取り組みは、産地の未来を担う人材との新たなつながりを育むことを目的として実施しました。
今回は、このプログラムを通して、産地全体で人材確保に取り組む挑戦を紹介します。あわせて、未来を担う人材の熱意もお伝えします。
開催期間は令和7年11月19日(水)~22日(土)の4日間で、参加者は16人。受け入れ事業者(8社)の希望と参加者の関心を確認し、2~3人ずつのグループに編成しました。そのうえで、3日間で3つの事業者を巡り、現場体験を行いました。その3日間には、参加者と受け入れ事業者の双方にとって大きな学びと気づきがありました。
レポート1:山弥織物株式会社
糸に撚り(より)をかける「撚糸(ねんし)」のプロに聞く

浜松市中央区篠原町にある山弥(やまや)織物。事務所2階の会議室には、午前中のやわらかい光が差し込み、落ち着いた雰囲気の中でインターンシップの座学が行われました。
講師を務めたのは、山弥織物の中野隆博さん。糸の原料となる綿の種類から、綿が糸になるまでの工程について、丁寧な解説がありました。
続いて、同じく山弥織物のベテランである川合薫さん(写真右)が、実際の糸や生地を手に取りながら説明。参加した二人は、実物を見て触れながら理解を深め、次々と質問を投げかけていました。
参加者の一人、大津さんは、ものづくりが好きで、特に衣服に強い関心を持っています。中でもワイシャツは、さまざまなメーカーの製品を購入し、着心地や縫製、素材の違いを楽しんできたそうです。
SOU:どんな気づきがありましたか?
大津さん:製品になるまでの流れを知り、特に「繊維」について理解が深まりました。
これまで”良い糸とは何か”を明確に理解できていませんでしたが、アパレルメーカーが求める品質や用途を満たし、さらに期待を超える提案ができる糸こそが、良い糸なのだと知りました。
また、その需要に応える技術として、
・双糸におけるZ撚りとS撚りの組み合わせ
・単糸の強撚(きょうねん)
といった加工方法を、風合いやドレープ感に応じて使い分ける重要性も学びました。用途に合わせた素材加工が、求められる品質を生み出す上で欠かせない要素であることを実感した一日となりました。

織物作りの奥深さを実感したという大津さん
同じく参加した柳原さんは、糸の品質に関する説明が特に印象に残ったと話します。
柳原さん:高品質な糸とは何かという問いに対して、正解は一つではなく、産元さんが”どんな製品をつくりたいか”によって変わるという考え方が心に残りました。
原材料メーカーとして会社名が大きく表に出るわけではありませんが、『きっと山弥織物さんなら実現してくれる』という信頼があるのだと感じました。
また、S撚りとZ撚りという一見シンプルな2種類の撚りも、その組み合わせ次第で仕上がりの布に無数の表情を生み出すことに驚きました。糸の世界の広がりと奥深さを強く印象づけられました。
今回のインターンシップでは、綿そのものの違いから、撚糸、そして織布へと工程を一貫して見学できたことで、ものづくりの背景を立体的に理解できました。

実際に糸を触りながらメモを取る柳原さん(左)

見本を一つ一つ確認しながら、世界各地の綿の産地や特徴、手摘み・機械摘みによる違いなどを学んだ
レポート2:鈴木織商株式会社
目的の風合いや機能を持つ織物を作り出す
織物設計のレジェンドに学ぶ

続いて訪れたのは、浜松市中央区神立町にある鈴木織商。織物を企画・生産する「産元」です。
ここで講師を務めたのは、「織物設計のレジェンド」と称される小林亮介さん。すでに第一線は退いているものの、難易度の高い織物の依頼があると、今も各方面から相談が寄せられる存在です。
織物設計とは、糸の種類や色、織り方などを組み合わせ、目的とする風合いや機能を持った織物を作り出すための計画・設計のことを指します。具体的には、経糸と緯糸の交わり方を決める「織組織」の設計や、「配色」の検討などが含まれます。
この織物設計には、織機の構造や組織の理論に関する高度な専門知識と技術が不可欠です。中でも、既存の生地サンプルを分解し、どのような組織で織られているのかを読み解く作業は、長年の経験が求められる工程です。

この日は、織物の基本となる「三原組織」についても解説がありました。
・平織(ひらおり)
・綾織(あやおり)
・朱子織(しゅすおり)
参加した二人は、実際の生地サンプルを手に取りながら、その生地がどのような設計で成り立っているのかを紐解いていきました。織機の仕組みや生地設計、糸の番手、浜松で綿織物が発展してきた背景など、幅広い話題が取り上げられました。さらに、「綿は風化するからこそ良い」という鈴木さんの綿への熱い思いも語られました。
SOU:今日の話の中で、特に印象に残ったことは何ですか?
鈴木さん(参加者):遠州織物の技術がどのように高められてきたのか、その背景や繊維の違い、生地の用途に合わせた織り方の考え方などを、多面的な視点から学ぶことができ、とても勉強になりました。

実際に生地の密度を測る。専用のルーペを使って、1インチ(2.54cm)当たりのタテ糸、ヨコ糸、それぞれの本数を1本ずつ数える
レポート3:3日間の振り返り会・交流会
3日間の体験を終え、参加者、受け入れ事業者、関係機関の担当者が一堂に会し、振り返りと交流の会が行われました。自己紹介から始まった会では、それぞれが体験を通して感じた思いや学びを率直に語り合い、会場には熱のこもった言葉が行き交いました。
参加者から多く聞かれたのは、効率化や機械化が進む現代においても、遠州織物が今なお人の手と時間をかけて丁寧につくられていることへの驚きと感動でした。
整経や経(へ)通しといった気の遠くなるような工程を経て、ようやく織機に糸がセットされること、そして昔ながらの織機が部品を修理しながら現役で稼働し続けていることに、ものづくりの重みと歴史を感じたという声が多く寄せられました。
また、どの事業者からも、自身の仕事や遠州織物に対する強い誇りと情熱、産地を盛り上げたいという真摯な想いが伝わってきたことが印象的だったといいます。目を輝かせながら語る姿に触れ、遠州織物が世界から評価されている理由を実感したという参加者もいました。
「こだわりを持って織られた遠州織物が世界でも認められていることを知り、遠州出身者として誇らしく感じました。地元のために自分に何ができるのか、ここで働きたいと強く思うようになりました」(40代・女性)
「産地の皆さんが『良いものをつくっている』『残していきたい』という想いを持って働いている姿が心に残りました。将来は作り手や営業として関わりたいと思いましたし、一人の消費者としても、想いのこもった遠州織物の製品を選びたいと感じました」(30代・女性)
「遠州織物に関わる皆さんの姿がとてもかっこよく感じました。カネタ織物さんで見た織機の迫力は圧巻で、あの光景は自分にとって大きな財産です。ものづくりの原点に触れ、『やっぱりものづくりはワクワクする』と強く思いました」(20代・女性)
3日間の体験は、単なる見学にとどまらず、参加者一人ひとりが遠州織物の価値や魅力、そして「ものづくりに関わる」ということの意味を深く考えるきっかけとなりました。また、イベント開催から3カ月が経ち、参加者のうち2人がこの取り組みをきっかけに就職を決めました。これは、産地と人がつながる新たな可能性を感じさせる成果といえそうです。

■遠州のトビラ ~遠州の織物の世界にトビこむインターンシップ~ 概要
主催:遠州産地振興協議会/事務局:浜松市産業振興課
協力:株式会社HUIS・株式会社糸編・entrance
参加事業所:小野江織物株式会社、有限会社浜名染色、株式会社イワン、鈴木織商株式会社、三幸株式会社、山弥織物株式会社、カネタ織物株式会社、高田織布



