COLUMN特集

2025.11.28 バイク産業 見えない部分で“走り”を支える 浜松発、世界トップシェアのクラッチ技術

モビリティ業界におけるグローバル市場を牽引する部品メーカーが、
実は浜松にあるのをご存じでしょうか。
浜名区細江に本社を構える株式会社エフ・シー・シーは、創業80年以上の歴史を有し、

自動車用クラッチと二輪車用クラッチを主力製品とするメーカーです。

なかでも、二輪車用クラッチの世界トップシェアを誇ります。


本特集では、モビリティに不可欠な部品「クラッチ」の役割、

エフ・シー・シーが長年磨き続けてきた独自技術、そして未来への挑戦に迫ります。

 

今回訪れたのは、細江にある四輪・二輪車用クラッチからEVモータ部品まで、

エフ・シー・シーのコア技術を支える技術研究所です。

その中でも今回は、二輪車用クラッチの技術の裏側と、その挑戦についてお話を聞きました。

 

製品技術開発部 DTコンポーネンツ開発ブロック 岸本直記さん(左)

総務部 広報担当 長田桂希さん(右)

 

―化学の技術を起点に
不二ライト工業からエフ・シー・シーへと続く技術の系譜

SOU:まずは、社名の由来について教えてください。

 

長田さん:1939年に合成樹脂「ベークライト」を扱う不二ライト工業所として創業しました。その後、1943年に不二化学工業株式会社へ社名を変更しています。化学技術を原点とする歩みを経て、1984年に現在の株式会社エフ・シー・シーへと社名を変更しました。F.C.C.は「フジ・ケミカル・カンパニー」の略称と聞いています。こうした背景から、クラッチの心臓部となる摩擦材(ケミカル素材)を自社でつくり、四輪・二輪車用ともにクラッチまで一貫生産できる体制を築いています。

 

SOU:二輪車用クラッチで世界シェアNo.1といわれていますね。

 

長田さん:二輪分野においては、ホンダ、スズキ、ヤマハ発動機、カワサキの国内4メーカーをはじめ、世界市場でも欧米やインド、中国をはじめアジアの有力メーカーへ幅広く供給しており、世界トップレベルのシェアを確立しています。

こうしたお客様の多様化そのものが、当社の強みでもあります。走りのフィーリングや性能要求はメーカーによって異なりますし、使用環境も国・地域によって大きく異なります。

多くのメーカーから寄せられる要望やフィードバックが、私たちの開発力を絶えず磨き上げてくれています。言い換えれば、多様なお客様に鍛えられてきたからこそ、エフ・シー・シーのクラッチは世界で通用する性能を備えているのだと思います。

 

 

―世界のバイクを動かす“縁の下の力持ち”
クラッチの役割とその技術力とは?

SOU:そもそも「クラッチ」とは、どのような役割を果たしているのでしょうか?

 

長田さん:バイクのクラッチは、エンジンの中に組み込まれていて外からは見えませんが、快適な走りを支える“縁の下の力持ち”です。
その役割はシンプルで、エンジンの力をタイヤに「つなぐ/切る」ことにあります。自転車に例えるなら、ペダルと後輪のつながりを一時的に外せる仕組みに似ています。このクラッチがあるからこそ、スムーズな発進・停止やギアチェンジが可能になります。つまりクラッチは、動力をタイヤに伝えると同時に、モビリティの安全を支える重要な部品でもあります。

 

岸本さん:もう少し詳しく説明すると、クラッチとはエンジンとトランスミッション(変速機)の間に取り付けられ、発進・停止・変速時にエンジンの力をトランスミッションに伝えたり、遮断したりする役割を持つ「動力伝達装置」です。

 

 

左)つなぐとき → エンジンの力がタイヤに伝わり、バイクが動く

右)切るとき → エンジンの力が一時的にタイヤに伝わらなくなるので、ギアチェンジや停止ができる

 

これが実際のディスク・プレート。左側のプレートにシールが付いているように見える部分が摩擦材で、このディスク・プレートが重なってクラッチを構成している

 

 

SOU:エフ・シー・シーの技術が「世界No.1」といわれる理由は?

 

岸本さん:最大の強みは、クラッチの核となる摩擦材から設計・生産までを自社で一貫して行えることです。これは世界的にも非常に稀で、エフ・シー・シーのものづくりを象徴するポイントだと考えています。クラッチの中には、アルミ製のディスクがあり、そのディスクにペーパーベースの摩擦材を貼り合わせています。この摩擦材は、化学繊維や無機繊維、樹脂、フィラー(粉末)などを組み合わせてつくる「機能性ペーパー」で、その配合や処方がまさに“命”です。摩擦材一つで、乗り心地や性能が大きく変わります。

当社は、この摩擦材づくりに不可欠なケミカル技術(素材・化学領域)と、クラッチ全体を成り立たせるメカトロニクス技術(プレス・ダイカストなどの機械加工やユニット開発)の両方を自社で持っています。

 

この2つの要素技術を組み合わせ、クラッチという機能部品を開発・製造しているのが大きな特徴です。多岐にわたる分野を掛け合わせて手がける会社は世界的にも珍しく、紙であれば紙メーカー、化学であれば化学メーカー、機械加工であれば機械メーカー、というように分かれているのが一般的です。しかし当社は、ケミカルとメカトロニクスの技術を生かしてそれらを有機的に組み合わせることができる、非常にユニークなサプライヤーだと自負しています。

 

こうした一貫生産体制を世界10カ国22の生産拠点で整え、どこでも同じ品質を実現できることが、世界シェアNo.1を支える大きな要因だと考えています。

 

―二輪の新時代を切り拓く
自動発進クラッチと研究所の挑戦

SOU:実際に摩擦材の開発拠点である研究所を訪れました。
ここでは、どのような研究・開発をしているのでしょうか。

 

岸本さん:浜松の技術研究所は、二輪車用クラッチをはじめ、四輪車用クラッチやEV向けモータ関連部品など、幅広いモビリティ領域の基礎研究と製品開発を担う拠点です。

先ほど申し上げた摩擦材は、さまざまな機能性素材の組み合わせでつくるペーパーで、車両の特性やお客様の要望に合わせて配合を細かく調整します。長年の開発で蓄積した多数の摩擦材の「レシピ」を基に、クラッチ全体の構造設計を行い、試作品を作り、その機能評価を行います。狙い通りの特性が出ているか、耐久性が確保されているかを確認し、その後、量産工場へ移行して、同じものを量産できるかというトライを進めます。再びこちらで機能試験を行い、量産品が同等の性能を持っているか確認したうえで、生産を開始します。

 

SOU:二輪車の新時代を切り拓く存在として、今注目されている「自動発進クラッチ」とは?

岸本さん:「自動発進クラッチ(F.C.C. Smart Start Clutch®)」とは、発進時のクラッチ操作が不要となるイージーオペレーションと同時に、マニュアル操作の楽しさも併せ持った次世代クラッチシステムです。すでに欧州の大手二輪メーカーにも採用されており、グローバルに展開を加速させています。

発進時にクラッチ操作が不要となることで、エンストや誤操作を防ぎ、安全運転をサポートします。

従来のマニュアルクラッチでは、レバーを握ることで動力の接続・遮断を行います。しかし自動発進クラッチの場合、最初からクラッチ板に隙間が空けられており、レバー操作をしなくてもニュートラルポジションから1速へギアを入れることができます。そこからスロットルを開けていくと、クラッチ内部の部品が遠心力で開いてつながり、レバー操作なしに自動的に発進します。これが「自動発進クラッチ」と呼ばれるものです。この技術はまさに今、当社でもさらなる開発を進めているところです。

 

自動発進クラッチ(F.C.C. Smart Start Clutch®)

 

―世界のサーキットで磨かれる技術、
日常を支えるクラッチ開発の最前線

 

SOU:現在進行中のプロジェクトや未来への挑戦について、教えてください。

 

岸本さん:今は自動発進クラッチの開発を主に進めていますが、それ以外で言うと、バイクファンの裾野を広げるため、扱いやすさを重視した初心者向けクラッチの開発にも目を向けています。また、レース向けやコアなユーザーのご要望にも応えられるよう、そうした分野での開発にも取り組んでいます。

 

 

 

SOU:御社は、二輪ロードレース世界耐久選手権(EWC)に参戦するチーム「F.C.C. TSR Honda France」を支援していますね。このレースに参戦することの意義について教えていただけますか。

 

岸本さん:私たちにとってEWCは、まさに“究極の実験場”です。300km/hに迫るスピードで走り続け、昼夜を通して24時間マシンが止まらない。その極限状態の中で、クラッチが一瞬たりとも力の伝達を途切れさせずに機能し続けるか――これ以上の試練はありません。

 

過酷なレース環境で得たデータや経験は、そのまま市販車向けの製品開発に生かされています。つまり、世界のサーキットを走ることで、私たちの技術はさらに磨かれ、日常のライディングを支える信頼性へとつながっていくのです。

 

それに、チェッカーフラッグを受ける瞬間、マシンに搭載されているのが「自分たちのクラッチ」だと思うと、技術者として鳥肌が立ちます。社員にとっても誇りになりますし、世界の舞台で「F.C.C.のクラッチ」が戦っている姿は、浜松発のものづくりの力を世界に示す強烈なメッセージになっています。

 

SOU:技術の挑戦とものづくりへの熱意が、世界で通用するクラッチを生み出していることがよく分かりました。本日は、ありがとうございました。

 

浜松のものづくり産業は、世界トップシェアを誇る株式会社エフ・シー・シーのように、見えないところで技術革新に取り組む企業に支えられています。二輪車用クラッチでの世界的な存在感はもちろん、四輪領域やEVをはじめ次世代モビリティに向けた製品開発や、新しい領域への挑戦など、その取り組みは多岐にわたります。自動車業界をめぐる環境は大きな転換期を迎える中、クラッチ技術の進化や新たなシステムの開発を知り、地域から世界へ挑むものづくりの力に、今後も大いに可能性を感じました。