COLUMN特集
2025.03.18 バイク産業 チームスズキが世界初の挑戦 カーボンニュートラルチャレンジ ゼッケン“0(ゼロ)”が起こした奇跡のはじまり
2022年末、チームスズキは多くのファンや関係者に惜しまれながら二輪レースから撤退。それから2年を経た2024年7月、二輪ロードレース界では前人未到の新たな挑戦課題である「カーボンニュートラル」を掲げ、蒼い迅雷たちが鈴鹿8時間耐久レースに戻ってきました。今回は、レースの舞台を支えた5人の挑戦を取材しました。
写真左から
鈴木 大介さん メカニック(四輪パワートレイン技術本部)
塚本 舞代さん ライダーヘルパー(二輪事業本部)
佐原 伸一さん チームディレクター(二輪事業本部)
太田 百香さん ライダーヘルパー(生産本部)
加藤 洋平さん 給油計測管理(IT本部)
※括弧内は取材当時の所属
<用語補足>
カーボンニュートラル・・・温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させること
サステナビリティ社会・・・環境の持続可能性と経済の成長を両立させる概念
CNチャレンジ・・・C(Carbon)N(Neutral)チャレンジ。チームスズキはカーボンニュートラルを目指す姿勢の象徴として、ゼッケンナンバー「0」を選んだ。
チームスズキの青が埋めた鈴鹿の観客席。
「鈴鹿8耐」は真夏の鈴鹿サーキットで開催される国内ロードレース最高峰の戦い。2024年は酷暑に見舞われ、路面温度は50度を超えた。
− 鈴鹿8耐初の挑戦、ライバルからは「スズキに先を越された!!」と称賛の声
SOU:二輪レース界ではチームスズキが一番にカーボンニュートラルへの挑戦に名乗りを挙げましたが、二輪業界へのインパクトは大きかったのではないでしょうか?
佐原さん:そうですね、大きな反響がありました。シングルフィニッシュの8位でゴールし、「環境負荷の少ないもの=レースには不向き」という二輪業界の思い込みを覆すことができたと思います。この結果は我々が目指すゴールに向けて小さな一歩かもしれませんが、「サステナビリティは遠い将来のことではなく、実用レベルに近づいていること」を、二輪業界にとどまらず世界のモビリティ業界に示す結果となりました。他の二輪メーカーさんから「スズキに先を越された!」という声をいただき、「これからはぜひ一緒にチャレンジしていきましょう‼︎」という思いとともに、新しい風が吹き始めたことを感じました。
– より多くの人と関わり、人と人のつながりで学び挑戦する
SOU: 一旦は撤退したレースの舞台に再び戻ってきた理由を教えてください。
佐原さん:当時、レースから撤退した理由が「サステナビリティに関する開発にリソースを集中するため」でした。今回の鈴鹿8耐参戦の目的の一つは、まさにサステナビリティに関する技術開発ですので、スズキとしての姿勢にブレはありません。
レース活動の目的は三つあって、一つ目は、今お話しした技術開発です。鈴鹿8耐という過酷な条件下で性能と環境を両立させ、将来的に二輪に限らず製品への技術フィードバックにつなげていきます。二つ目は、ブランド力向上です。スズキとさまざまなサプライヤーが協力して環境問題に真剣に取り組む姿勢を示し、ブランドイメージ向上につなげます。一番大切にしている三つ目の目的は、人材育成。この取り組みをきっかけに、未経験でもチャレンジできる社内風土を高める。社内に限らず、サプライヤーも含めて若い世代を中心にチャレンジできる舞台にしたかったのです。
ピット作業はノーミス!
ライダーのケアをするライダーヘルパーの太田さん。
− 誰もが無我夢中で駆け抜け、新しい道を切り開いた
SOU:今回は、チームスズキのメンバー30人のうち、公募枠15人に対して、レース未経験の社員も含め、100人ほど集まったと聞いています。そこに手を挙げ、チャレンジするきっかけとなった特別な思いはありましたか?
太田さん:社内ホームページで公募を知った時、「新しい取り組みにチャレンジしよう!」という会社の姿勢が純粋にうれしくて応募しました。私は、普段の仕事ではまったく二輪に関わっていなくて、レースも少し知っている程度でした。でも、スズキがレースからの撤退を宣言した時はどことなく寂しかったのを覚えています。
塚本さん:私は幼い頃からバイクが身近にあったので、二輪に関わる仕事がしたくてスズキに入社しました。一度は撤退した二輪レースで、再び新しい挑戦をすると知った時、「もしかしたらレースに関わることができるかも‼︎」と喜び勇んですぐに応募しました。
SOU:お二人ともライダーヘルパーとしての参加でしたが、あらかじめやりたいことを絞って応募されたのですか?
太田さん、塚本さん:未経験でもできるすべての項目にチェックを入れました‼︎
太田さん:何もかもが新しい挑戦だったので、まずは専門用語を覚えることから始まりました。
塚本さん:現場では“今すべきことは何か”を瞬時に判断し、行動することが大切だと実感しました。
佐原さん:ライダーは要求が多くて、大変だったと思います(笑)。でも、ライダーヘルパーだからといって、ライダーだけではなくチームメンバーのことまで気にかけて動いてくれた。誰かが教えたわけでも、頼んでもいないのにですよ。そんな彼女たちの気配りがあったからこそ、チームが最高の状態でレースに集中できました。
燃料タンクを抱える給油マンの加藤さんと、タイヤ交換をする鈴木さん。
SOU:給油マン(給油計測管理)として参加した加藤さんは、どのような思いで応募されましたか?
加藤さん:僕は、もともと二輪のエンジン開発をやっていたのですが、実際に自分が開発したエンジンが使われている現場に立ち会うことはほとんどありませんでした。少しでも現場を知りたい!そんな時にCNチャレンジの公募が目に留まりました。レースに関わることができたらこの先の開発に生かせると思い応募しました。
佐原さん:給油マンは、最適な給油動作を考え、さらにはレース展開を踏まえた給油量の調整など、頭を使った戦略が求められる役割です。給油に関する規定も厳しいため、気温35度を超える真夏でも防火服とゴーグル、ヘルメット、グローブの着用は必須。そんな過酷な環境下で落ち着いて確実に給油をするのは至難の業です。ましてや、本番では給油時間の感覚が狂いがちですが、焦ることなく、ベストを尽くしてくれました。
加藤さん:実は、レース本番で着用する防火服もギリギリまで届かなくて、本番と同じ装備で訓練できたのは、ほんのわずかな時間でした。レース中は集中していたせいか、全く暑さは気になりませんでした。
佐原さん:それでも防火服は汗で色が変わるほどでしたよ(笑)。
SOU:相当な忍耐力、判断力、集中力が必要ですね。鈴木さんはどのようなきっかけでチームスタッフに応募されましたか?
鈴木さん:育児休暇明けのタイミングで公募を見かけて、二輪に関わることができるチャンスだと思い応募しました。仕事では四輪を担当していますが、二輪が好きで。社内のクラブチームで二輪レースのメカニック経験はありました。
SOU:レースの現場にはわりと慣れていたのですね。
鈴木さん:いや、そんなことはなかったです(笑)。ライダーがピットインしてきたとき、僕がリヤスタンドを掛けるのがピット作業の起点だったのですが、タイヤ交換の基準タイムをクリアするために相当なプレッシャーでした。
佐原さん:本番では、当初の練習に比べ3分の1ほどのタイムでタイヤ交換作業をしてくれました。8回のピットインで誰もミスをしなかった。経験値のあるライバル勢に全く劣らないピット作業で、私自身とても驚きましたね。ライダーがタイムを1秒縮めるのは相当難しいので、ピット作業で1秒のロスもできないというプレッシャーがありました。私は、以前からレースに関わっていましたが、どんなに準備をしても本番で望んだように物事が進むなんてことは少なくて、悔しい思いの方が多かったです。でも今回はまったく違いました。日を追うごとにチームの結束力が目に見えて良くなっていったのです。気づけば本番を迎えるまでに「これならいける」としか思えなくなっていました。
− 自主的な行動と結束力がもたらした成功
SOU:チームの結束力が日を追うごとに高まっていく。たしかに皆さんの話している雰囲気が和気あいあいとしていて、とても良い“チームワーク”を感じます。
佐原さん:そうですね。一人ひとりがモチベーションを高く持ち、自主的に動いた。それがすべての結果につながったと思います。この経験は社内の通常業務に戻った時の後輩指導にも生きてくる。自信を持って言えます。
SOU:なるほど。冒頭にお話しされていた『人材育成』につながるわけですね。今回のCNチャレンジでは、どのようなカーボンニュートラルを達成できたのでしょうか?
佐原さん:カーボンニュートラルの観点では、CO2を1.2トン削減することができました。これは1年で80本の木が吸収するCO2量に相当します。この数値が、これからのCNチャレンジの取り組みの基準となり、挑戦が続いていきます。
―新しい挑戦を、次へつないでいく。浜松から、そして世界へ
SOU:前例のないチャレンジ。社内外でかなりの反響があったと思います。
佐原さん:そうですね。今回のチャレンジは、それぞれの部署の協力がなければ成り立ちませんでした。各部署の協力によって、これまで接点のなかった人たちが集まり、二輪レースに興味を持ってもらえるようになりました。良い影響はサプライヤー企業へも波及しました。サプライヤーの持てる技術を実践する機会となり、「レース結果を受けて、さっそくカーボンニュートラル部品の製品化の話が進んでいます」と、うれしい話も耳にしています。
SOU:素晴らしいですね。最後に今後の意気込みを教えてください。
佐原さん:受け身にならず、新しいものをどんどん取り入れて挑戦し続けます。若い人材が生き生きと新しい課題にチャレンジする姿を、浜松から発信し続けたい。さまざまな人が挑戦できるように新しいチームを絶えず作りながら、次へ次へとつなげていきたいと思います。簡単なことではないですよ。でも課題があるからこそ、どんどん壁を乗り越えていく。そんな社風、浜松のものづくり風土を築いていきたいです。
世界でもまだ走らせたことのない技術でレースに参戦したチームスズキのCNチャレンジ。前例のない課題へ果敢に挑戦する姿は、二輪業界のみならず、モビリティ業界全体に新しい風を起こし、カーボンニュートラルの実現が可能であるという希望をもたらしました。遠い未来と思えた技術が、実用化できるレベルにあることを証明してくれたのではないでしょうか。
今回のレースは、カーボンニュートラル実現の第一歩。まだまだ挑戦は続きます。“ものづくり魂”を絶やすことなく、新しい次の世代につなげていく。これからも革新的な技術の進歩と、世界のモビリティ業界の開拓者として挑み続けてほしいと思います。