COLUMN特集
2024.03.21 繊維産業 遠州織物の産地に夢中になる入口、「entrance(エントランス)」の取り組みを紹介!
江戸時代の綿花栽培に始まり、日本でも有数の織物の産地となった遠州地域。ここで生産される「遠州織物」は品質が高く、世界に名だたる高級ブランドにも長く愛用されています。
ただし、販売は基本的に卸のみ。地元の方でも消費者は直接、遠州織物に触れる機会が少ないために、産地としての発信力を高めることが課題でした。
そんな中、2018年より遠州織物の魅力発信拠点を運営してきた「ひよこのかい」が、2023年6月に「entrance(エントランス)」としてパワーアップ。幅広い方に遠州織物の織りや染めに興味を持ってもらうことを目的に、生地メーカーの関係者をはじめデザイナー、作家など多彩なメンバーの皆さんが、生地の販売会やセミオーダー会などを企画しています。
これまでの活動を通じて、業界関係者同士の横のつながりが強化され、個性豊かな新商品も生まれているとのこと。代表の浜田美希さん(以下、浜田さん)に「entrance」の取り組みについて伺いました。
「まずは飲もうよ」想いを語り合うことが活動のスタート
代表の浜田さん
SOU:最初に、「entrance」の概要を教えていただけますか?
浜田さん:「entrance」は、独自ブランドの商品開発やイベント展開を通じて、産地の魅力を発信している団体です。遠州織物の生地メーカーの関係者を中心に、テキスタイル(生地)やアパレルのデザイナー、作家など34名が所属しています。
活動の目的は、遠州織物の織りや染めに興味や親しみを持ってもらうこと。地元の皆さんを中心に消費者へ直接、遠州織物の魅力を伝える活動をしています。
SOU:遠州織物の関係者が中心メンバーなのですね。浜田さんのバックグラウンドも遠州織物と関係しているのですか?
浜田さん:何を隠そう、私こそ遠州織物の魅力にはまってしまった1人なんです(笑)。生まれも育ちも東京なのですが、遠州織物に魅了され、1928年創業の織物メーカー古橋織布有限会社への就職を機に、浜松市に移住してしまったものですから。
洋裁をたしなんでいた祖母の影響で、幼いころから洋裁が好きでした。高校時代に、学内のファッションショーで自作の洋服を出品したことをきっかけに、テキスタイルに興味を持ち、服飾の専門学校へ進学しました。
そして在学中には、国内外の産地を訪ね歩きました。その中で遠州織物の魅力に触れて、古橋織布有限会社に就職した流れです。現場の職人と買い手のデザイナーを結ぶ企画兼営業を12年間、勤めました。
生地の作り手と買い手にとって、ベストな着地点を見つけるコンシェルジュのような役割を担っていたそう。仕上がりのイメージやリスクなどを説明して、仕上がりや納期などを調整する。
SOU:遠州織物のファンであることに留まらず、産地企業に就職してしまったとは驚きました。その後、どのような経緯で「entrance」を発足することになったのでしょうか?
浜田さん:「entrance」には、「ひよこのかい」という前身があります。「ひよこのかい」は、繊維業界の若手同士で横のつながりを作ろうと、私から業界の方に声をかけて2018年に始まったコミュニティでした。
伝統産業である遠州織物の業界で、若手のプレイヤーはそもそも少なく貴重です。直属の先輩や上司が50、60代の職人といった状況が当たり前の世界ですから。そこでまずは、業界の若手同士でつながりを持ちたくて、「月に1回、みんなで集まって飲みましょう」と。最初はそれくらいラフな始まりでした。
▼「ひよこのかい」を紹介した2020年4月の記事はこちら
https://www.hamamatsu-mononavi.jp/column/detail/19
SOU:業界の若手同士で語り合うことから始めたのですね。
浜田さん:「ひよこのかい」に集まってくれたのは、家業の跡継ぎの方が大多数。みんな、産地や業界を盛り上げたいという強い想いを持っていました。自然と「ひよこのかい」でで生地の販売会やシャツのセミオーダー会などを実施するようになり、そして、消費者との接点を持ち、産地の存在感を高めていきたいと思うようになったんです。
そこで、発信力のあるデザイナーや作家の皆さんにも加わっていただく形で、「entrance」というコミュニティに発展していきました。
SOU:消費者と接点を持つことは、どのような点で重要だと思いますか?
浜田さん:消費者のニーズを知る機会になる点です。生地の生産に特化してきたメーカーは、自分たちの作った生地がどのように使われるかを知らないことが多いのです。
洋服やバッグ、ときにはアクセサリーまで。「自分たちの生地がこんな風に活用されるのか」と可能性に気付ける体験は、重要です。消費者と直接対話することは、生地の提案に生きますし、新しい生地の企画・開発にもつながります。
シャツのセミオーダー会の様子
浜田さん:一方で消費者の方には、遠州織物を気軽に使ってもらう・着てもらう機会にしたいと考えています。さらに、生地メーカーとの接点があれば、おすすめの生地を教えてもらったり、生産者の意見を直接聞いたりして、「こういったものを作りたい」を実現しやすくなると思うんです。
生地の作り手と買い手の対話によって素敵な作品・商品が作られていくプロセスは、ものづくりの醍醐味そのものだと感じてます。そうした背景から、「entrance」が生地の作り手と買い手のよい交流地点になれたらと思っています。
てぬぐい素材が美しいシャツに変わる、職人の常識をくつがえす消費者との対話
SOU:消費者との接点として、さっそく2023年7月に第1回の販売会が開催されましたね。どんな2日間になったでしょうか?
浜田さん:2023年7月1日(土)・2日(日)の2日間にわたり、「遠州織物のセミオーダー会」を開催しました。好きな生地と型(パターン)を選んで衣服を作っていただける機会としました。
型は、メンズシャツやレディースシャツをはじめ、6種類をご用意。素材は、繊維関係のメンバーがもちより、約140種類もの生地が集まりました。SNSを使った宣伝の効果もあって、東京や名古屋からもお客様がお越しくださり、100着以上の発注をいただきました。
SOU:2日間で100着以上とは素晴らしい成果です。どのようなオーダーがありましたか?
浜田さん:遠州織物ならではの高密度・丈夫さを生かした、個性豊かなオーダーをたくさんいただきました。「太番手(ふとばんて)」と呼ばれる太めの糸を超高密度に織りあげた「バフクロス」が特に好評で、ストレートパンツをよくオーダーいただきましたね。
また、丈夫ながらも軽くてしなやかな特徴を持った綿素材も人気で、シンプルなワイシャツやシャツワンピースにされるお客様も多くいました。1人で何着もオーダーしていかれる方もいて、驚きました。
SOU:お客様に喜んでいただいたポイントは何ですか?
浜田さん:世界的なブランドに採用されているような特別な生地を、直販によってリーズナブルな価格で提供できたことが1つだと思います。ただ、お客様に喜んでいただけたのは、価格だけではありません。
一番のポイントは、作り手である職人とお客様との対話があったことだと考えています。セミオーダー会では職人のみなさんにも店頭に立っていただき、お客様に直接、生地のこだわりや想いを伝えてもらったのです。
また、お客様からも職人へ直接、「こういう服にしたい」というご希望を伝えてもらいました。対話を通じて双方にインスピレーションが湧き、斬新なデザインが生まれたり、思い入れのあるお洋服に仕上がったりしました。
SOU:どのようなデザインが生まれましたか?
浜田さん:例えば、普段はてぬぐいに使われている、浜松注染の生地でシャツを作ったお客様がいらっしゃいました。てぬぐい用の生地は幅が36センチしかないのですが、試しにシャツの見本を作ってみたら大変好評でした。
実際にできあがったシャツは本当に素敵な1着で、お引き渡しをしたときのお客様の笑顔が忘れられません。消費者の皆さんとの対話は、生産者目線では気付かないことに気付かせていただく機会になることを、参加したメンバーの誰もが感じ取ったと思います。
SOU:浜田さんが遠州織物に熱意を傾けている理由を垣間見るようです。
浜田さん:さまざまな産地を見てきた中で、「遠州産地なら何でも作れる」と思うほど、遠州では多様な生地が織られています。それは、生地メーカーがそれぞれに技術的な強みを伸ばしてきたおかげです。
1990年代に海外製の安価な生地が主流となったことで、遠州産地は衰退していきました。そうした厳しい時代の中で、技術力を磨いて生き残ってきたのが現在の生地メーカーです。どこも独自のブランド生地を持っていて、根強いファンがいるんですよ。
高級ブランドのバイヤーが世界中を巡ってみても、ほかのメーカーでは真似できないような高品質な生地を織ってくれます。技術的に難しい麻の生地も、遠州織物の生地メーカーなら織れることにはよく驚かれます。
そう、遠州産地ってすごいんですよ。「entrance」という遠州織物の“入り口”を通じてたくさんの方と接点を持ち、産地を誇りに思ってもらえたらうれしいです。
接点から理念が広がり絆を作る、今後は産地メーカーへの就職につなげる取り組みも
SOU:「entrance」の活動をしてきて、手ごたえはいかがですか?
浜田さん:少しずつ多様なプレイヤーに関わっていただけるようになってきています。実際に、愛知県の毛織物の一大産地、尾州にある縫製工場が私たちの理念に共感し、パターン(服の型を取ること)の協力をしてくださっています。「今度、工場の見学にいってもいい?」「こういうときはどうしたらいい?」など、メンバー同士で相談や協力もしやすくなったと感じます。
産地の横のつながりも、消費者の方とのつながりも深めていくことで、これからはお客様の「こんなものがほしかった」をよりたくさん、かなえていけるようになると思います。
SOU:発足2年目を迎える今年は、どのように展開していきますか?
浜田さん:年に1度のセミオーダー会を基本としながら、消費者の方とつながるイベントを増やしていけたらと思います。東京や名古屋での出店希望もいただくので、遠方でもセミオーダー会を開催できるようにしたいです。
直近では、生き方や働き方の観点から仕事を紹介する求人メディア『日本仕事百貨』さんに「entrance」のメンバーがコンタクトを取り、2024年5月18日(土)に東京でトークショーとB品の販売を兼ねたコラボイベントを開催することになりました。
B品とは、正規品の品質条件をクリアできなかった製品のことですが、遠州織物はそもそも難しい技術で織っているために、B品がどうしても発生してしまいます。
職人さんが一生懸命作る中で生まれてしまうものなので、その過程をストーリーに仕立ててていねいにお話しし、個性として捉えてもらえる機会にしたいと思います。
一方で、B品は正規品よりもお値打ちな価格でご提供できます。ひと目では正規品と見分けのつかないようなものも多いので、お客様にとって唯一無二の生地を見つけていただきたいです。
SOU:求人メディアである『日本仕事百貨』さんとのコラボレーションという点も興味深いです。
そして、産地と接点を持った人たちの中から、産地の仕事に興味をもってくれる人が一人二人と現れてくれるんです。
SOU:東京出身だった浜田さんが、産地に魅了されて地元企業に就職を決断したエピソードが頭に思い浮かびます。
浜田さん:私が先行事例になっているのか、ひよこのかいや「entrance」を通じて「産地でがんばっている若手がいる」と知り、家業の跡継ぎとして戻ってきた方がいます。遠州織物の魅力に触れて、中国や台湾といった国々から浜松に移り住み、産地の企業に就職してくれた人もいるんですよ。
産地が盛り上がることは、遠州織物という貴重な財産を守り継いでいくことにつながると期待しています。作り手と買い手をつなぐ自分の役割、強みを活かして「遠州産地のコンシェルジュ」として活動しながら、想いをともにする産地や消費者の皆さんとのつながりを増やしていきたいです。