COLUMN特集
2023.02.16 繊維産業 伝統業界への新提案!今、遠州織物の産地ではじまるSDGsへの取り組み
1枚の生地ができあがるまでに多くの工程があり、水の大量使用や廃棄品のリサイクルといった課題に向きあわなければならない繊維産業。
SDGsの概念が世の中でも広がるなか、伝統ある遠州織物の業界でも、サステナブルな取り組みが広がりつつあります。
SDGsを起点とした取り組みは、ブランドイメージの向上や新たな販路開拓につながることも。
そんな時流を捉えてSDGsに取り組みはじめたプロジェクトを2件、ご紹介します。
想いでつながるSDGs、
ハンドメイド作家の協力で「布みみ」が唯一無二の作品へ
今回紹介する取り組みの1つ目は、遠州織物の切れ端として産出される「布みみ」の再生プロジェクトです。
ハンドメイド作家による活用を促すことで、布みみに新たな価値を見出そうとしています。
手掛けるのは、遠州織物のPRや製品化、販売支援といった包括的なサポートを行う遠州織物工業協同組合(所在地:中区山下町)です。
構想から本格始動まで1年半を要したという本プロジェクト。
どのように布みみ活用のアイデアが生まれていったのでしょうか?
同組合の加藤満(かとう・みつる、以下:加藤)さんにお話を聞きました。
SOU:まず、「遠州織物 布みみ再生プロジェクト」について教えてください。
加藤:布みみとは、生地を織る過程で生じるひも状につながった布の切れ端のことです。
毛糸とも異なるフワフワの肌ざわりが特徴的で、糸質も色あいもさまざま。
その布みみを素材としてハンドメイド作家さんに提供することで、新たな価値を見出してもらう取り組みになっています。
美大でテキスタイルを学び、鞄の縫製メーカーへ就職した加藤さん。鞄の縫製職人、そして地元静岡市で販売職を経験したのち、伝統と新しさが融合する遠州織物の世界に魅了され浜松市へ移住。現職へ。
SOU:ハンドメイド作家さんが布みみを購入し、思い思いの作品に仕上げるのですね。
加藤:はい。たとえば御殿場に拠点を置く「mei mei(メイメイ)」さんは、表面に布みみをあしらったショルダーミニトートを制作してくれました。そのほかの作家さんも、シャツやイヤリングのワンポイントなどに布みみを使い、自由な発想で作品を生み出してくださっています。
引用:遠州織物のショルダーミニトート
布みみは、1巻30グラムを4巻セットとし、ハンドメイド作品を購入・販売できるECサイトの「creema(クリーマ)」を通じて販売しています(※)。
クリーマを通じて、ハンドメイド作家さんが布みみを知り、購入して、作品に使っていただく流れです。
※1,980円/税込み、手数料・送料込み。2023年2月現在。
SOU:ECサイトを通じて、クリエイターさんの活用を促している点がユニークですね。
どんな経緯で、本プロジェクトが始まったのでしょうか?
加藤:以前から、多くの機屋(はたや=布を織るメーカーのこと)さんが布みみを再利用したいと思いながら活路を見出せずにいたなか、私たちも新たな形を模索してきました。
学校の教材として使ってもらえるように手織り機をセットにした商品を考えてみるなど、いろんなアイデアを試してみますが、商品化のめどが立たなくて……。
布みみは、糸の密度に偏りがあったり、製造過程で使う油や糊(のり)の付着している部分があったりして、使える部分をより分けるのが難しく、安定供給が難しいからです。
1年ほどはプランが固まらずにいました。
コースター大の布が織れる木製の手織り機。遠州織物だけで年間14,400キロメートルもの布みみが廃棄の道をたどるそう。
SOU:プロジェクトが形になるまで1年以上も……ハンドメイド作家さんに布みみを使ってもらう案は、どうやって生まれましたのでしょう?
加藤:実は、遠州産地振興協議会(事務局:浜松市産業振興課)がクリーマとコラボレーションを実施し、クリーマ上で布みみの特集を組んでくれたのです。
その特集をきっかけに、全国のハンドメイド作家さんが布みみの現状を知ってくださり、思わぬ販路ができました。なかでもSDGsに感度の高い作家さんを中心に、布みみを使ってくれましたね。
SOU:SDGsを起点に事業者同士がつながっていったのですね。
ハンドメイド作家さんが布みみを活用した作品を作ってくれるようになって、周りの反響はいかがでしたか?
加藤:SDGsを切り口とすることで、業界に新しい風が吹くのを感じます。
たとえば、これまで直接的なやり取りのなかった金融業界からお声がかかり、とある作品の制作が叶いました。
業界の関連企業でなくとも遠州織物に注目していただけたと思うと、うれしい変化です。
SOU:それは産業の発展につながる大きな変化ですね。
それでは、今後はどのようになっていきたいでしょうか?
加藤:ご縁を広げるきっかけの1つとして、SDGsに注目してくれる産地内の繊維・織布メーカーさんが増えたらうれしいです。「布みみなんて売れるの……?」と不安の声をいただくこともありますが、SDGsを起点とすれば新たな需要を掘り起こすこともできます。
伝統産業だからこそ、SDGsのような新たな取り組みにチャレンジしてみることで、今まで見えなかった価値が見つかるかもしれません。
SDGsに取り組みたいメーカーさんがあれば、私たちもぜひご支援させていただきたいと思います。
布みみは、クリーマ上の「エンオリ」ページのほか、遠州織物工業協同組合の事務所でも、1巻357円(税込み)で購入できます。
在庫の状況はつど変わりますが、カゴの中からお気に入りのひと玉を掘り出してもらいます。
ご購入の場合は、事前に(053-478-0121)までお電話を。
廃棄予定の生地がSDGsで生まれ変わる、
本格的なコーヒーが楽しめる「遠州ネルフィル」
SDGsを起点に異業種間のコラボレーションが進み、新商品が生まれる動きもあります。
2023年春の販売開始を目標にテスト販売を行っているのが、遠州織物の産地、浜松が由来の「ネル」素材を使ったコーヒーフィルター「遠州ネルフィル」です。
その商品化を手がけるのは、伝統の遠州綿紬(えんしゅうめんつむぎ)などを扱う反物卸・オリジナルグッズ製造販売の有限会社ぬくもり工房さん(所在地:浜北区染地台)と、農薬不使用栽培のコーヒーを自家焙煎で提供しているまるたけ堂珈琲さん(所在地:中区佐鳴台)です。
織りあげる段階で傷が付いたり、ホコリが縫いこまれてしまったりなどして、商品化ができないB反(ビーたん)をコーヒーのドリップフィルターに再利用しました。
遠州ネルフィルで淹れたコーヒーをいただきながら、商品の開発秘話をお聞きします。
写真左から、ぬくもり工房代表の大高旭(おおたか・あさひ、以下:大高)さん、まるたけ堂珈琲の竹村篤人(たけむら・あつと、以下:竹村)さん
SOU:さっそく、まるたけ堂珈琲さん特製の「えんしゅうブレンド」を、遠州ネルフィルで淹れていただきました。
深煎りの豆だそうですが、コクがありながら、まろやかで飲みやすいですね。
竹村:遠州ネルフィルでコーヒーを淹れると、ほどよい風味が出るんですよ。味が濃い、苦みが強いと思われがちな深入りの豆でも、ミルクのようにマイルドな風合いを楽しめます。
大高:素材に使った「ネル」という生地は、ふきんやシャツなどに使われる肌触りのよいコットン素材です。
柔らかく、裏に軽い起毛ができるのが特徴で、この起毛がコーヒーの味わいの決め手になるように思います。
SOU:ネル生地ならではのコーヒーの味わいが楽しめるのですね。
ただ、遠州ネルフィルは扱い方が難しかったり、お手入れが大変だったりするのでは?
竹村:基本的には、ペーパーフィルターと同じ要領で使っていただければ大丈夫ですよ。
使用開始前に煮沸してもらうほか、普段は水洗いで、メンテナンスも10回に1回ほどのペースで煮沸してあげれば繰り返し使えます。
使い続けるうちにドリップの速度がだんだんと遅くなってくるので、気付いたときに煮沸して目詰まりを取ってあげるイメージです。
使い込むうちにフィルターの色もコーヒー色に。
SOU:思っていたほど手間がかからず使えるんですね。
遠州ネルフィルが生まれた経緯にも興味が湧きました。
大高:私が代表を務めるぬくもり工房は、和の縞模様が特徴的な「遠州綿紬(えんしゅうめんつむぎ)」をはじめ、この地域伝統の遠州織物を中心に扱う生地の卸業をしています。
産地内のさまざまな織物工場を訪問するのですが、どの工場もB反の在庫を抱えていました。B反の扱い方は各工場で工夫していますが、一部では借りた倉庫に何年も寝かせて、一定期間が過ぎたら焼却処分するといった工場もありました。
この良質な生地を再利用して、遠州織物の産地らしい何かができないかーーそう考えていたときに、たまたま耳にしたのが、ネル素材で作るコーヒーフィルターがあるということでした。
フィルターほどのサイズであれば、B反からでも良質な部分を切り取って製作できます。
ただ、この取り組みには、SDGsや社会貢献に対して積極的な姿勢を持つコラボレーション先が必要でした。
そんななか協力相手として真っ先に思い浮かんだのが竹村さんです。
以前からまるたけ堂珈琲のオリジナルグッズ制作に携わってきたこともあり、竹村さんのていねいな仕事ぶりを知っていましたので。
SOU:そこからどのように遠州ネルフィルを開発していきましたか?
竹村:大高さんがネルフィルターを試作してきてくれたので、そのほかの素材でもフィルターを作り、淹れたコーヒーの味わいを比べていきました。
レースのように薄い生地を使ってみたり、縫い方も変えてみようとフィルターの先端の形を工夫してみたり。
すると、遠州のネル素材で淹れたものが一番おいしくって。
縫い方や素材を変えた試作品の一部。
大高:そこから製品化を視野に入れ、コストや製造方法などを検討していきました。
1か月ほどで試作品ができあがり、テスト販売をはじめました。
今は、2023年春先の販売開始を目標に、お客さまの反応を見ながら改良を加えています。
SOU:商品化までペースが速いですね。2社のコラボレーションが成功した理由は何でしょうか?
大高:モノづくりにおいて、お互いに通じるものがあったお陰だと思います。前職で製造業に就いていた竹村さんは、製造工程や個数(ロット)にも理解がありました。
また、栽培期間中に農薬を使わない豆にこだわるのは、コーヒーを飲む人にも栽培する人にもやさしいあり方を目指しているから。
価値観の合うプロと協力するのが大事ですね。
竹村:ぬくもり工房さんが、素材から縫製まで一貫して対応できるからこそできた商品でもあります。
じつはネルフィルターを自作しようとしたことがあったんです。
1個や2個なら手縫いで作れても、たくさんは作れず商品化の壁を感じました。
試作中は難しいこともありましたが、大高さんがアイデアを振り絞って取り組んでくれたおかげで形になりました。
大高:遠州ネルフィルは、さまざまなご縁が重なることで、遠州織物の産地らしい商品になりましたね。
SOU:すばらしい取り組みですね。今後はどのように展開していきますか?
竹村:まずは、2023年春の販売開始を目指して、今まさに最後の調整に入っています。いよいよ、これからだと楽しみにしています。
大高:さらに今後は、遠州織物の業界でSDGsを起点とした取り組みがたくさん生まれるといいですよね。
取り組みが「点」のように増えていくと、いずれ「面」になっていきます。
そうすることで、遠州織物というブランドの認知が拡大していきますから、SDGsを軸とした異業種間コラボレーションが増えていくとおもしろいなと思います。
遠州ネルフィルは、まるたけ堂珈琲の店舗でテスト販売中(2枚入り800円・税込み)。